「生きづらい」
という言葉があります。
クライエントさんから
数えきれないくらい
聞いた言葉です。
ではそもそも生きづらいって
どんな状態でしょうか?
それは
●無理な生き方
をしている状態です。
無理な生き方とは、
自分らしさとは無関係に
「あーせい!こーせい!」
「あーすな!こーすな!」
と自分に強要や禁止を
押し付けている状態。
たとえば私は
息子大好き人間ですから
「わが子を嫌え!」
って言われたところで
絶対にそうはなれません!
生きづらいときって
こんなふうに
\らしさ!/
とは無関係に自分に何かしらを
無理強いしているってことです。
ではなぜそんなことをする?
それは
⚫︎ありのままの自分
⚫︎自分らしい自分
を受け入れることが
できていないから。
不完全で
欠点も弱点もたくさんある
素の自分を
「そのまんまでいいよ!」
と許すことができていないから。
そこには
『欠乏感』
が大きく絡んでいます。
ありのままの自分ではNG
↓
欠乏感
↓
苦痛
↓
埋め合わせによって
欠乏感を消そうとする
最初に埋め合わせに
使われがちなものは
『Having』
「私は何を持っているか?」
です。
たとえば、、、
・学歴
・職業や勤務先
・地位や名誉
・お金
・資格
・能力
・ブランド品
etc.
別にこういったものを
求めること自体が目的なら
何の問題もないですよね。
但し、これらが
*欠乏感を埋めるための手段
として使われると本末転倒。
なぜなら
「欠けている!」
と感じているものは
『自分の内側』だから。
いくら外側で埋めようとしても
埋まりようがありません。
それって空腹なのに食べ物を食べず、
好物の動画を観てお腹を満たそうと
するくらいへんてこりんなこと。
むしろ欠乏感に
襲われちゃいますって…。
Havingで埋め合わせが
できないときに人が
次いで選びがちなものが
『Doing』
「私は何をしているか?」
です。
たとえば
・高い能力を要する仕事
・悩み苦しむ人に手を差し伸べる
・渇いた人に喜びを与える
etc.
DoingもHaving同様に
これらを目的とすること
自体は何の問題もありません。
というかこれって
むしろ大切!!
しかしこういった行為が
*欠乏感を埋める
という目的を達成するための
手段に使われると厄介なんです。
これは
先のような素晴らしい行為を
為すこと自体が目的ではなく、
その行為を通じて
⚫︎承認を得る
⚫︎自己否定感を和らげる
という目標を達成し、
それを通じて最終的に
\欠乏感を埋め合わせる!/
が本当に欲しいものだから。
そして残念ですが
このDoingでも
欠乏感は埋まりません。
繰り返しになりますが
「欠けている!」
と感じているものは
自分の内側だから。
Havingでも
Doingでも
欠乏感は埋まらない。
じゃあどうしたらいい?
それって実は
シンプルだけど正反対。
前提をこんなふうに
ひっくり返すんです。
↓
↓
↓
=============
★はなから私は欠けていない!
=============
そもそも欠乏感自体が
自分らしさの否定から
始まっています。
自分らしさと
何の関係もないものと
わざわざ比べては
「ダメ」
「劣っている」
「足りない」
と思い込んだだけですから。
前提をひっくり返す
ことができたら次は、
\自分らしさ/
に目を向けましょう。
らしさとは
*人との違い
*独自性
のこと。
自分が、、、
☆好きで
☆得意で
☆気づけばやっていて
☆やっても苦じゃなくて
☆やるほどエネルギー増えて
☆気づけば時間を忘れるほどやって
☆周りに「よくやれるね」と驚かれること
etc.
これまでの人生を総ざらいして
この
\★自分らしさ!/
を探索し、発見し、
それを活かせると良いわけです。
そこに欠乏感はなく、
「この私でいい!」と感じられ、
人の目など(いい意味で)
気にならなくなるもの。
ではおさらいです。
そもそもいかなる人も
「はなから欠けていない!」
のです。
欠乏感は
自分らしさとかけ離れた
場所から「らしさ」を
探そうとしていたから。
「らしさがないところ」
ではなく
「らしさがあるところ」
から探しましょう!
そしてその「らしさ」を
☆どうすれば活かせる?
と考え、トライ&エラーで
実践していきましょう!
そこにはきっと
「らしさ」はあっても
「欠乏感」はないはずですから。
そしてそれを
わが子にバトンリレー
してあげでください。
そうすれば
愛しのわが子も
\自分らしさ全開!/
で生きていけますよ(*≧∀≦*)
どうぞ親子ともに
生きやすい人生を<(`・ω・´)