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アダルトチルドレンと対人援助職の関係性

アダルトチルドレンと対人援助職の関係性

 

【記事を書いた人】

カウンセリングオフィス トリフォリ 高澤信也

福岡で子育てと生きづらさ克服をお手伝いしています。公認心理師。

 

アダルトチルドレンと対人援助職の関係性


 

対人援助職に就いている人の8割はAC(アダルトチルドレン)

 

こんな意見があることをご存知でしょうか。統計的なデータがあるわけではないと思いますが、これまでに私が接してきた同業者の方々を見ても、あながち的外れではないと思っています。

 

 

対人援助職とは

援助を要する「人」と直接的にかかわって援助活動をおこなう人のことです。

 

例えば看護師、医師、教師、保育士、介護士、ソーシャルワーカー、カウンセラー、セラピストなどです。非常に多岐に渡る職業ですからあげればキリがありません。

 

ということで私も対人援助職です。そして元とはいえアダルトチルドレンです。

 

 

 

援助者が解決すべきこと

トリフォリではこれまでに援助職の方の相談を少なからず受けてきました。

 

悩みの内容は人それぞれですが、ほとんどの場合は被援助者(援助を受ける方、利用者のこと)との距離感の悩みが大半です。いわゆるバウンダリー(自他境界)の問題です。

 

したがって自分と相手の間にある「見えない境界線」を適切に引けることが援助職にとっては必須事項なのです。

 

これが引けないとどんなことが起こるのでしょうか。下記は相談援助職の方に起こりがちな事例です(特定の方を指したものではありません)

 

クライエント(相談者)が自分で解決すべき課題を援助者が「解決してあげなきゃ!」と躍起になって頑張る。しかし頑張るほどクライエントが依存的になっていく。その望ましくない現状に「自分の力不足のせいだ」と意味づけし、焦りを強め、「私がやってあげなきゃ!」と肩代わりが増えていく。その結果気づけばクライエントと共依存関係に陥っていく。

 

これはプライベートの人間関係であれば「優しい人」で終わることもありますが、これを援助者がやってしまうとクライエントの自立を妨げてしまいます。

 

これでは援助する側もされる側のどちらも幸福にはなれません。

 

 

 

バウンダリーがうまく築けない理由

「私」と「他者」の間には目には見えない境界線というものがあります。それをバウンダリーと呼びます。その見えない線が適切に保たれることによって私たちは「心地よい」関係を持つことができるのです。

 

ということは、バウンダリーが不健康なままであれば、そこにある人間関係にはなんらかの歪みを生む可能性を否定できません。

 

だからこそ援助職であればなおさらここをしっかり築く必要があるでしょう。しかし不思議と援助者の中にはこのバウンダリーがうまく築けない方が少なくないようです。

 

突然ですが、アダルトチルドレン(AC)の主要な課題の一つがこのバウンダリーです。

 

なぜうまく引けなくなったのか。それは機能不全家族という環境自体が「バウンダリーが崩れている場所」だからです。その環境で子ども時代を過ごしたACが、適切なバウンダリーを学べるはずがないですよね。

 

むしろ

●親の課題を肩代わりする子

●親をなだめてあげる子

●親に変わって家のことをやってあげる子

といった幼少期を過ごした方は決して少なくありません。

 

この状態はすでにバウンダリーが不適切になっています。相手の課題を引き受けてしまっているからです。

 

もしもこの「親を助けたい子ども」がそのまま大人になったとき、果たして困っている他の誰かを「放っておいて自分のことをしたい」でしょうか。それとも「助けてあげたい」でしょうか。

 

もしも後者なら、援助職を選ぶ確率は決して低くはないと思うのは私だけでしょうか。

 

 

 

不適切なバウンダリーの先にあるもの

被援助者のために懸命に頑張る。

自分のことをさておいても頑張る。

 

それは一見とても美しいことのように見えます。しかしこの頑張りは自己犠牲です。それは間違いなく相手の依存を強めます。その先に健康的な関係は見込めません。

 

だからこそ援助者の頑張りは境界線内に留めておく必要があります。自分の領域内で最善を尽くせばOKということです。

 

それを踏み越えると何が起こるでしょうか。それはこんな悪循環です。

 

●援助者が被援助者の課題を肩代わりする

●被援助者が依存的になる

●ますます援助者が頑張る必要に迫られる

●ますます被援助者が依存的になる

●さらにますます援助者が…

その先に待つものは

バーンアウト。燃え尽きです。

 

この不幸な結末を迎えないためにも、私たち援助者はしっかりバウンダリーを構築できる自分になる必要があるのです。

 

 

 

バウンダリーはどうやって身につける?

自分がバウンダリーを越えたり越えられたりしていることに気づけるようになることが真っ先に必要です。さもなくば「時すでに遅し」状態を招いてしまいますから。

 

その次でようやくスキルを身につける段階!と言いたいところですが、その前に大切なことがあります。それは、自分の「怖れと欲に気づくこと」です。

 

●「相談者から嫌われたくない!」(私だけを頼って欲しい)

●「周りからダメと思われたくない!」(みんなから認めて欲しい)

●「『役立たず!』と批判されたくない!」(有能な自分でいたい!)

 

こういったものは全て無意識の目的と化しています。

 

したがって意識していなくても一直線に

*相手を自分の望む状態に変える

ことに尽力します。つまりコントロールです。

 

「私は怖れと欲によって相手をコントロールしようとしている」

 

それに気づくことができなければ、残念ながら健康的なバウンダリーを築くことはとても困難です。

 

しかしそこを完了させることができたらゴールはもうすぐ。あとは一線を引くスキルを練習して身につけるのみです。バウンダリーは天賦の才でも特別な能力でもありませんので、練習によって誰もが身につけることが可能です。

 

 

 

最後に

対人援助職はとても尊い仕事だと思います。それなしには助からない人が世界にはたくさんいます。だからこそより自分も相手もハッピーになる選択をすることが大切ではないでしょうか。

 

ドラマの中の自己犠牲は美しいかもしれませんが、それはあくまでファンタジーの世界。現実の自己犠牲は歪んだバウンダリーがそこにあることを示すサイン。むしろ取り組むべき課題です。

 

ちょっとまとめてみます。

被援助者との関係性(距離)がうまくいかないことが度々なら、、、

 

①自分にバウンダリーの課題がないか探索する

(多分あるよね!という前提で探してみましょう)

 

②バウンダリーに気づく練習をする

(そのためには体の反応に気づけるようになることが必須です)

 

③自分の怖れと欲を見つめてみる

(見たくなくても見つめてみましょう)

 

④バウンダリーを築く練習に取り組む

(カウンセリング機関などでやってくれると思います)

 

私たち援助職はスポーツでいえばサポーターです。観客席から精一杯応援をしましょう。

 

でも決してグラウンド内には入らないでくださいね。それだと選手の仕事がなくなってしまいますから。

 

ということで、応援団という尊い関わりをしている自分を誇りに思いつつ、バウンダリーという課題だけ抽出して取り組んでみてはいかがでしょうか。

健闘を祈っています!

 

追伸、でももし手伝いが必要なら言ってくださいね。支援者仲間として一緒に取り組みましょう!

 

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