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アダルトチルドレン(AC)専門の心理カウンセラー高澤信也 公式サイト

機能不全家族育ちの元アダルトチルドレンの私が子育てで大切にしている自分との約束

機能不全家族育ちの元アダルトチルドレンの私が子育てで大切にしている自分との約束

 

こんにちは、アダルトチルドレン(AC)専門の心理カウンセラー高澤です。

 

このサイトのプロフィール欄では特に触れていませんが、私も子どもの頃はそこそこしんどい環境で育ちました。

 

以前のホームページには詳しく書いていたんですけどね。

 

ということで子育てのことに触れるその前に、どんな風に育ったかをちょっとばかりご紹介します。

 

 

 

こんな家で育ちました

まずは父から。

 

一言でいえば「酔うと暴れる人」。

 

酔って帰ってくると大声で怒鳴ったり叩いたり、家具・壁・窓・ドアを破壊したり、母を殴ったり引きずり回したりと、酔うとブルドーザーみたいになる人でした。

近所からパトカーを呼ばれることも度々でした。

 

一方で仕事には真摯に取り組む実直な人。

お陰で衣食住に不足はなかったですし、仕事に取り組む姿勢のモデルにもなりました。

とても感謝しています。(もちろん今は、ですが 汗)

 

 

次に母。

 

一言でいえば「父にやられているかわいそうな人」。

 

暴れる父にやられる母を助ける役を引き受けたのは、末っ子の私でした。

 

カウンセラー役をしたり、叱咤激励する役をしたり、欲求を一切訴えないいい子役をしたり、時にはDVを止める役(もちろん吹っ飛ばされて終わりですが 汗)まで買って出たりと忙しいものでした。

 

とはいえ、母も仕事をしっかりやる人で職場の人からの信頼は厚い。

家事も手抜かりない。

お陰で働くこと(責任を持って役割を担うこと)の大切さは子ども時代にすでに根づいていました。感謝感謝です。

 

 

もっとも嫌悪していたのは兄。

 

毎日のよう暴言、暴力、侮辱と何もしない日がない人。

特に侮辱は堪えまして、昔はあまりに言われように、私は自分を漠然と「ダメ」「できそこない」「無能」と信じていました。

 

その一方でドライブに度々連れていってもらいました。

関わり方はひどく下手くそでしたが、弟をかわいく感じていた一面もあったのだろうと思います。

 

 

最後に姉。

 

学生時代はどヤンキーで超怖い人でしたが、唯一私を可愛がってくれた人です。

小学生の頃怖い人に絡まれた時も助けて(というか倍返しして)くれました。

お陰さまで、今も姉とは仲良しです。

 

 

 

わが家の影響

こんな家で幼少期を過ごした私。

それなりにさまざまな影響を受けました。

 

まずはマイナス面の影響から。

 

●  暴力→人に対する恐怖心・警戒心・猜疑心

●  暴言(怒鳴り声)→大きな音に対する恐怖心・過敏さ

●  母を助けられず→「私は無力」「役立たず」

●  母の口癖「お前が小さいから離婚できない」→「私は生きていてはいけない人間」

●  兄からの侮辱→「私は無価値」「(根本的に)どこかおかしい」

 

 

次にプラスの影響を。

 

●  仕事熱心な両親→働くことに対して良いイメージが根付いた

●  家事・仕事に手抜かりない母→自分の役割を果たす責任感が持てた

●  助けてくれた姉→世界中の全てを敵と思わずに済んだ

●  荒れていた家→苦しみが大きかった分セルフヘルプを頑張れた

●  嘆き続ける母→援助者になる訓練(汗)になった

 

プラス面に気づき、感謝できるようになったのは、もちろん回復が進んだあとのお話です。

 

それ以前はそれこそもう・・・・(以下自粛)。

 

 

 

そして、親になりました

なんやかやとありながら、お陰さまで私も父親になりました。

 

わが子が生まれてきてくれて、もうね、こんなに愛おしい存在がこの世にいるのかと感じずにはいられませんでしたよ。

 

笑顔を見ては涙、寝顔を見ては涙、泣き顔を見ては涙。

もう何を見ても、愛おしさばかり。

 

とはいえ大きくなるにつれ、口がどんどん達者になり、小学生も中頃になると口で負けることも度々。

 

子育て支援を生業としている私ですが、だからといって教科書通りにできるかというと、そんなことはないわけで(涙)。

失敗なんて日常茶飯事です。

 

でもそれは自然なこと。

子育てなんて大変で当たり前。失敗して当たり前。

そこから学んでやり直せばいい。そう思っています。

 

とはいえ、何度も同じやらかしをしてしまうこともありまして。

そんなときのために、個人的に自分自身と結んでいる約束があります。

そこだけは死守できております(たぶん)。

 

 

 

自分との約束

●  息子が非のある行動を取ったとしても、その時に「叱った」ではなく「怒った」になっていたら、それはちゃんと謝ろう。「とうちゃんの課題でした」と伝えよう。

 

●  わが家では協力が大切。息子がそこを軽んじたときには(怒るのではなく)ちゃんと叱ろう。ただし叱っている理由と目的は忘れず伝えよう。

 

●  「叱る」ではなく「怒る」になったときは、まず怒りを消化しよう。時間がかかってもいいから、消化したあとでちゃんと謝ろう。

 

●  子どもが感情を表現したときはしっかり受け止めよう。もし受け止めそこなったときはあとで謝ってもう一回表現してもらおう。

 

●  夫婦げんかになったときは

・これは両親の課題であること

・仲良く暮らすためにやっていること

・君の責任ではないこと

・君は君がしたいように過ごしていていいこと

をちゃんと伝えよう。

そしてケンカを始めたところから仲直りしたところまで全部見せよう。

 

●  (たとえば毎日学校に行っているとか、元気に帰ってきたとか)当たり前に見えるけど、実は子どもが日々頑張っていることを見逃さずにありがとうを言葉で伝えよう。

 

●  父の不甲斐なさを指摘されたときは、正座をして話を聞こう。そしてちゃんと謝ろう。

 

●  どれだけ君を愛しているかを態度と言葉でしっかり伝えよう。

(というか、ここは約束というより「やりたい」が先走り。そのせいか最近はハグすると「暑苦しい」と言われる始末(号泣))

 

 

書いていて気づいたのですが、なんか謝ってばかりな気がします_| ̄|○

 

 

 

ということで、最近

妻と協力しながら、大変ながらも子育てを楽しんでおります。

もちろん母である妻の力が絶大でして、彼女の力に頼る部分が大半ではあります。

お陰さまで家族で過ごす何気ない日々に、喜びと幸せを感じさせてもらっています。

 

そんなときふと思うのです。

 

うちの両親もきっと、本当はこんな家にしたかったんだろうなって。

本当はあんなふうに争いたくはなかっただろうなって。

でも、どうしていいかわからなかったんだろうなって。

 

でも、彼らもそれなりの家で育った人たちだったから、きっとしょうがなかったのです。

 

それもあって勝手にこう思うんです。

 

あの家で育ったお陰で今の何気ない暮らしがとても幸せだと感じられる。だからこそそれを広げていくことが自分の役割ではないかと。

誰かからそうお願いされたわけではないので、自分勝手に、ではありますが(^^;;

 

 

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