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アダルトチルドレン(AC)専門の心理カウンセラー高澤信也 公式サイト

機能不全家族で育ったアダルトチルドレンのテーマ「親への恨み」や「辛らつな自己批判」を和らげるヒント

機能不全家族で育ったアダルトチルドレンのテーマ「親への恨み」や「辛らつな自己批判」を和らげるヒント

ブログサイト〔毒親卒業トレーニング〕へようこそ

 

タイトルの「卒業」には

①毒親(機能不全家族)によって受けた影響から卒業

②毒親になる不安(そうなってしまった苦)から卒業

という2つの意味を込めています。

 

このサイトが生きづらさ克服と子育ての両方に役立つことを願っています。


 

カウンセリングオフィス トリフォリの高澤です。

 

昨日のテレビ番組で、15歳から7年間母親と一切口をきいていないという青年が、初任給で母親に洋服の詰め合わせをプレゼントした話が紹介されていました。

 

その青年は母との分離状態がとても心に引っかかっていたらしく、今回の和解が果たせてよかった、和解後はいろんな話ができるようになった…と笑顔で語っていました。

見ていてほっこりなりました。よかったですね^^

 

和解が終わっていない状態

ところで和解が終わっていない状態とは、、、

=心に棘が刺さったままの状態

=痛みがずっと続いている状態

 

大きさや数の多さに関係なく、棘は抜いてあげないと刺さった部分が壊死を起こしかねません。抜いた後に手当てをしさえすれば、傷跡は残っても痛みのない状態に回復することができます。

 

AC当事者の回復もこれとすごく似ている気がします。

 

①棘が刺さっていることに気づく

②棘を抜く

③手当をする

 

とてもシンプルな流れです。

 

 

和解が終わっていない相手

和解が終わっていないと、心の中で小さな(時には大きな)戦争がずっと起こりつづけます。傷ついたり、傷つけたりということが他の相手との関係でも起こります。

 

私は戦争が大嫌いです。結局誰かが傷ついてしまうから。

争って「正しさ」や「強さ」を声高に主張したところで、それはまるでひと時の高揚をもたらすアルコールやギャンブルのごときものではないかと思うのです。

できることなら和解、和睦、協力という方向に行けないのだろうか…なんて考える日々です。

 

私見はさておき、和解を目指すには、まず和解が終わっていない相手を明らかにすることから始めましょう。

その対象には3種類の相手がいます。

 

1.自分を傷つけた人(恨みの対象)

2.自分が傷つけた人(罪悪感の対象)

3.自分自身

 

この3種類の相手との和解が少しずつ果たされれば、心の中の戦争が一つまた一つと終結を迎え、切望してきた「平和」という心の平安が訪れます。これが自助グループでも言われている「セレニティ」ですね。

 

 

 

和解の準備

先に3つの対象をあげていますが、あくまでも「和解が終わっていない人」限定です。たとえば私はかつては父親を殺したいほど憎んでいましたが、お陰さまで和解を果たし、最期の瞬間をしっかり見送ることができました。

いま父の過去の悪行(汗)を思い返しても、そこに心の棘はなく、とても穏やかな状態です。

 

それでは私の中で和解が終わっていない(棘が残っている)人たちをリスト化してみます。よろしければ書き出すためのサンプルとしてご利用ください。

 

1.自分を傷つけた人(思い返すと傷の痛みで苦しくなる相手)

・カウンセリング訓練生のときに存在を否定してきた監督者

・何度止めても境界線を越え続けてきた同業者

・幼少期に毎日のように侮辱行為をつづけた兄

 

2.自分が傷つけた人(思い返すと罪悪感の痛みで苦しくなる相手)

・10年ほど前に私の未熟さのせいで支援中断となったMさん

・20代の頃ひどい別れ方で苦しめたRさん

・自分の至らなさで離婚に至った元妻のKさん

 

3.自分自身の受け入れがたい部分

・目の前の相手が苦しんでいるのに助けられないとき

(これは正確には「殴られる母」を助けられなかった痛みの残渣です)

 

私のリストはこんなところです。

結構少ないと思いません?(そうでもないですかね 汗)

実はこれ何十分の一にまで減っているんです。

 

1の「自分を傷つけた人」とは直接和解ができたり、自分の中で終えたりして完了したものがたくさんあります。

 

2の「自分が傷つけた人」に対しては直接出向いてのお詫び行脚を続けました。罵倒覚悟で臨みましたが、多くの方は快く許して下さいました。なかにはそれ以降応援団になってくれた方もいます。ほんとうにありがたかったです。

 

3の「自分自身」については、それこそさんざんセルフヘルプをつづけ、自己慈悲を与え続けたこともあって、お陰さまで自分ととても仲良しになりました。

 

もしもあなたも和解を望まれるなら、心の中の戦争を終わらせたいなら、この3つの対象のリストをつくってみてはいかがでしょうか。

 

ただし、、、

それを本当に望んでいる

という点だけは決して外さないでくださいね。無理するとかえって心の中の戦火が広がりかねませんから。

 

 

 

和解する順番

相手がはっきりしたら、次はどうやって和解を果たすかという実践の段階に進むことになりますが、3つの対象との和解を果たすうえで個人的にお勧めする順番があります。

 

①自分自身

②自分が傷つけた人

③自分を傷つけた人

 

「自分との和解」が最優先の理由は、自分を許せないままに「自分が傷つけた人」との和解に進んでしまうと、罪悪感で身を焼かれる可能性が増します。それは結果的に「自分を許せない」を強めてしまいます。

したがって「自分との和解」が最優先になります。

 

また、「自分が傷つけた人」が「自分を傷つけた人」よりも先になる理由もあります。前者は申し訳なさを感じている相手、言わば「味方」と言って良い人たちです。一方で後者は怒りや恨みを感じている相手、つまり「敵」です。

どちらが近づきやすいかは言うまでもなく、ではないでしょうか。

 

ところで、ACの回復について論じられる場で、「親を許すべきか」「許さざるべきか」がよく議論されますが、「許せない!」「許すべきではない!」という意見は多く出てくる理由の一つが、和解の取り組み順の誤りが関係していると見ています。

 

親を許せないのは、きっとその時点ではまだ「自分が傷つけた人」や「自分自身」との和解が終わっていないのではないでしょうか。もしそうであれば、親との和解は後回しにして、まずは自分との和解を、次いで自分が傷つけた人との和解への取り組みをお勧めします。

 

この順番を追って和解が進んでいくことで、結果的に許せない親との和解という目標が掲げられることは意外と多いと感じています。

 

 

 

自分自身との和解

では具体的にどうやって和解することができるでしょうか。

まずは「自分自身」との和解からです。

 

*子ども時代の傷つき体験を振り返り、当時の痛みの感情を感じ切る

(すると自分への慈悲の気持ちが生まれる)

 

*子ども時代の自分にいたわりの手紙を書く

(すると子ども時代の傷が癒されていく)

 

*子ども時代の苦しみを理解者に聞いてもらう

(すると「自分が悪い」という誤解がゆるまっていく)

 

*「一番愛してくれた人(存在)」の記憶を思い返す

(すると自分は卑小な存在ではないと気づける)

 

*頭で考える「〜べき」ではなく、身体で感じる「〜したい・ありたい」を優先する

(すると心地よさが得られる+自分の人生を生きている感じが戻ってくる)

 

*たとえ人から嫌われようと、批判されようと、自分は天に恥じることをしていないことを肝に銘じる

(すると自分が自分の味方になれる)

etc.

 

こういったワークを通じて自分を癒し、ゆるし、そして和解を進めてきました。

 

中でも何より助けになったものは、、、

★不完全で不十分な自分の幸せを祈る

(これには慈悲の瞑想を使いました。詳しくは最後にお伝えします)

 

順不同でバラバラと概要だけあげてみました。こういったワークは書籍やネットなどでも得られるものも多いようです。その中から、それほど負担なく、副作用もなく、今の自分でもなんとかやれそうなものがあればやってみてはいかがでしょうか。

 

ただし注意点が二つ。

一つ目はやはり何より「無理は禁物」です。

もう一つは外部情報を利用するときは出典元を明確にすることです。(思い込み情報や勘違い情報なども混在しているのでネット情報には特に注意が必要です)

 

 

 

自分が傷つけた人との和解

これはACの自助グループの12ステップにある

埋め合わせをする(amend)

そのものです。

 

自分が傷つけた人のリストを作り、自分がしたことを直視し(※)、可能であれば直接出向いて埋め合わせをする、というものです。

(※直視するとは、痛みから目を逸らさず、傷つけた事実をありのままに見つめること。自分を批判して目を逸らすことは正反対です)

 

私も埋め合わせはかなり取り組みましたが、多くの方が許してくださった一方で、残念ながら会ってもらえない、所在不明、亡くなっている、、、といったケースもそれなりにありました。

双方のケースを含め、私はこんなことに取り組みました。

 

*直接会える方には会ってお詫びを述べる。その際は謝罪だけでなく、今後は「こうやっていきます」を宣言する。あるいは「こう生きています」と生き方が変わっていること、それはあなたのお陰であることを伝える

 

*連絡がつかない方には謝罪の手紙を送る

 

*会えない方にはその方の幸せを祈る(ここでも慈悲の瞑想を活用しました)

 

*何が問題で傷つけたのかを振り返り、改善策を考え、それを普段から実践する

etc.

 

この「埋め合わせ」のプロセス、着手するまでは非常に勇気が必要ですが、自分との和解がある程度進んでいれば、勇気を持って取り組むことは十分可能です。

 

さらにやってみるとおまけがついてきます。それは恐れに負けることなく埋め合わせにチャレンジし続ける自分をかけ根なしに認めてあげられるようになります。

 

 

 

自分を傷つけた人との和解

ここまで来ていよいよ本丸のラスボス登場です。

次のセリフはこの段階に到達した方からお聞きしたものです。

 

●いい加減親への恨みを終わらせたい

●そろそろ親を許してあげたい

●親への葛藤を手放したい

●親の最期を送ってあげられる自分になりたい

 

いずれも「そうしたい!」と望んでいることが共通点です。「そうしなければならない」ではこのプロセスに進むことは望ましくありません。

 

さて、ではどうやって「自分を傷つけた人」(ACにとっては特に親)との和解を果たすことができるでしょうか。

 

何はともあれ「自分自身」「自分が傷つけた人」との和解を終わらせる。そのあとでこういったことに取り組んでみる。(ここでは「親」としていますが、親以外の人が該当する場合は「親」をその相手に読み替えてください)

 

*親の欠点を思う存分書き出す→出し尽くしたら親の長所を値引きせず書き出す

 

*親への恨みというフタによって押し込められてきた「してもらいたいことをしてもらえなかった悲しみ」をありありと感じる

 

*「親からしてもらったこと」「親にして返したこと」「親に迷惑をかけたこと」を正直に振り返って書き出す(内観という作業です)

 

*親が望ましくない関わりをしていた理由(事情)を客観的に探索する

etc.

 

ここが完了しだすと生きることの楽さがグッと増えてきますから、個人的にはこの段階に到達することをお勧めしたいところではありますが、この手前の2つの和解とは異なり、これを一人でこなすのはかなり大変ではないかと思います。

 

したがってこの作業を継続していけるだけのリソースは必須だと思います。信頼できる友人や知人、自助グループ、支援者あたりが該当するでしょうか。

この段階を目指す方は、とにかく「心の安全」が脅かされない安全基地を使ってください。

 

 

 

慈悲の瞑想

最後に、和解には必須と個人的に感じている慈悲の瞑想をご紹介します。

 

これは仏教の世界でおこなわれる祈りです。私は個人的に仏教(というよりお釈迦さまの教え)が大好きで、その視点を支援活動にも援用させてもらっています。

 

特にこの慈悲の瞑想は、親への恨みや辛辣な自己批判という特質を持ったAC当事者には欠かせない大切なものと思っています。

 

具体的にどんなものかは、仏教関連の書籍や情報を検索すればたくさん出てきます。個人的にはこれまで三人の僧侶の方の慈悲の瞑想を代わる代わる使わせてもらってきましたが、最近はここでご紹介するものが一番心に「グッ」と来ています。

 

私は実際にはこんな風に使っています。

 

①和解したい相手をありありと思い浮かべる

(自分に向ける場合は傷ついた子どもの自分をイメージして)

②気持ちを込めて慈悲の瞑想を声に出して唱える

③丹田に意識を向け深呼吸して終える

 

ちなみにわが家には小さな神棚がありまして、そこに向かって唱えることが多いです。

では慈悲の瞑想をご紹介します。

 

 

 

慈悲の瞑想

 

私が身も心も安らかで幸せで、軽やかでありますように。

私が安全で、傷つけられることがありませんように。

私が怒り、苦悩、恐怖、不安から自由でありますように。

 

私が理解と愛のまなざしで自分を見つめられますように。

私が自分の中に喜びと幸せの種を認め、触れられますように。

私がうちなる怒り、貪欲、錯覚のみなもとを見きわめ、見つめられますように。

 

私が一日一日、喜びの種子をうまく育てられますように。

私がさわやかに、ゆるぎなく、自由に生きられますように。

私が執着と嫌悪から解放され、しかし無関心ではなくいられますように。

 

(引用:『和解〜インナーチャイルドを癒す〜』ティク・ナット・ハン著)

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

上記では主語が「私」になっていますが、「私」との和解が進んできたら、、、

②私傷つけた人

③私傷つけた人

の順で進めていけば良いかと思います

 

これがあなたの和解(=心の平安)に役立つことを願っています!

 

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