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課題の分離:親の責任・子の責任|毒親卒業ブログ

課題の分離:親の責任・子の責任|毒親卒業ブログ

 

こんにちは。アダルトチャイルド支援カウンセラー高澤です。

 

クライエントさんの多くが最初に相談に来られたときには「親に対する怒り(恨み、嫌悪、恐れ)」といった感情を処理できなくて抱えたままになっています。

 

抱えたままだと苦しいので誰かに話を聴いてもらえるといいのですが、よく言われるのは「親のことを気安く話せない」と。

 

 

気安く親のことを明かせない理由

誰かに聴いてもらわないと苦しみが軽くなりませんから、親友やパートナーや仕事仲間などに聴いてもらえるといいのですが、「無理」「言わない方がマシ」なんて返答がほとんどです。

 

明かさない理由を尋ねると、「話したところでどうせろくなこと言われないから」といった答えがよくかえってきます。

 

そのろくでもないこととはたとえば

・「親も悪気があったわけじゃないと思うよ」

・「いつまでそんな昔のことを言ってるの!」

・「あなたにも何か問題があったんじゃない?」

・「もっと前向きにならなきゃダメよ」

etc.

 

第三者からすると「終わってしまった過去の出来事」。

ある意味言われていることは正論です。

 

しかし当事者にはこれは当てはまりません。

そもそも親の話題に触れること自体に痛みを伴います。

出来事は過去であってもその痛みは「現在形」です。

 

話す相手を選ぶことが大切とはよく言われますが、このギャップを理解している人を聞き手に選ぶ必要があります。

さもないと、せっかく打ち明けても「こんなことでいつまでも悩んでいる自分がおかしいんだ…」などと持つ必要のない恥に苛まれるからです。

 

このようなリスクを排除できることも自助グループの大切な役割だと思います。

 

 

親への恨みが手放せない

過去の私ごとですが、親が暴れるたびに身を焼くような憎悪が湧いてきていました。

憎悪がピークに達した高校生の頃には父を刺し殺そうとしたことがあります。

そのときはきょうだいの制止と、母が土下座して「やめて」と懇願してくれたお陰で最悪の事態は免れました。

あれから数十年経った今でもあの時止めてくれて本当に良かったと心底思います。

 

クライエントさんからも親に対する怒り(恨み)の話題はよく出てきます。

何があったかを聞くと、そりゃそんな気持ちにもなるよなと理解できることがほとんどです。

 

しかし、恨みの感情とは「心の内側を焼き尽くす業火」。

そのままでは自分が内側から身を焼かれてしまいます。

 

あとで少し触れますが、親への恨みの感情を手放していくには、最初にクリアしておきたい「最初の一歩」があります。

 

 

恥と罪悪感

親に対する恨みを抱える人は少なくありませんが、親に対する強烈な罪悪感を抱えている方も少なくありません。

 

その辺りを対話で紐解いていくなかで語られがちなものが、、、

・親が自分に酷いことをしたのも

・家のなかがゴタゴタしてたのも

・お母さん(お父さん)があんなに苦しんでいたのも

・私が愛してもらえなかったのも

・・・すべては「自分のせい」「自分がダメだから」「自分が悪いから」といった意味づけ(幼児期の決断)です。

 

これを事実と思い込んできた結果のひとつが親への罪悪感なのでしょう。

 

罪悪感だけでもしんどいですが、この意味づけを信じてきたことによる予期せぬ結末というものまでくっついていることがよくあります。

 

たとえば

・周りの不幸に責任を感じて放っておけない

・周りの幸せのためなら頑張れるが、自分の幸せのためだと頑張れない

・他者からの承認がないと自分にOKが出せない

・何かを達成してもそれでも自分には価値がない気がする

etc.

 

なかには親への恨みと罪悪感が同居している方もいます。

これがどれほど苦しいことかに想像はつくでしょうか。

 

 

親の責任・子の責任

さきほど親への恨みを手放すための“最初の一歩”があるとお伝えしました。

それは「親の課題」と「自分の課題」を見分けることです。

 

ここからはちょっと質問形式にしてみましょう。

よかったら子ども時代のわが家を負担ない程度に思い浮かべながら、現在の大人のあなたの頭で考えてみてください。

 

Q)子ども時代のわが家を安全基地にする役割は誰にありますか?

A)これはもちろん親ですね。子どもの責任はそこにありません。

 

Q)子どもが「期待通りじゃないとき」に親は怒りがちですが、その怒りは誰の責任ですか?

A)期待に応えられなかった子ども?いいえ違います。親子でも人格は別です。思い通りにはなりません。子どもの性質と違うものを期待したのであれば、それは親の「目」の問題です。また、怒りとは「自分が相手にした期待が満たされなかったとき」の感情ですから、「期待した人」が責任を持つべきものです。

 

Q)自分で望んだわけじゃないのに身についてしまった生きづらさをもったことの責任は誰にありますか?

A)子どもは環境の影響を受けながら育ちます。幼い頃に受けた影響ほど変えるのが難しいと言われます。望んでいないものが身についてしまったこと自体の責任は子ども側にはありません。それは環境側(多くは養育者)の責任になります。

 

Q)それでは子ども側がもつべき責任は何ですか?

A)それは、望んだわけではないけど残念にも身についてしまった「生きづらさのパターン」の解決に取り組むことです。自分のせいで生きづらさを抱えたわけではありませんが、それが自分の中に組み込まれてしまった以上、それをどうにかしていく責任は自分自身にあります。

 

 

「自分の課題」に取り組むということ

最初の一歩がこれで伝わったでしょうか。

親への恨みを手放していく上での最初の一歩は

*親の課題(責任)を捨て去ること

 

自分の課題(責任)に取り組むのはその次の一歩にあたります。

 

恨みに囚われていると気づきにくいのですが、同時に私たちは罪悪感や恥、自己否定感といったものまで併せ持っていることが多く、それは同時に「親の課題(責任)」を引き受けてきたというサインでもあります。

 

だからこそ自分の課題(責任)に取り組む前に、最初の一歩として親の課題(責任)という「抱える必要のないもの」を捨てることから始めたいのです。

 

【一歩目】親の課題(責任)は放っておこう

それができたら

【二歩目】自分の課題(責任)だけを観よう

ということです。

 

但しここでの注意点は

「親の責任」=「親が悪い」

という処理をしないこと。

 

責任とは言ってみれば小学校時代の係のこと。

給食係は給食の世話を、保健係は体調不良のクラスメートの世話を、動物係はウサギの世話をするのと同じです。

給食係が給食を持ってこないからと言って、保健係が体調不良の友だちを放っておくのは変ですよね。

 

ほかの係の人が自分たちの責任を負ってくれないのは嫌だけど、それでも自分の係だけはやっておくことが、私たちが「自分の課題(責任)を受けもっている」状態を意味します。

 

「あの人たちは自分の係の仕事をしないからイヤだ!嫌い!」

「私はああはなりたくないから、自分の係だけはちゃんとやる!」

そんな感じでいければまずは十分。

 

自分の係の仕事を怠けている人たちのことは放っておいて、そのエネルギーは自分の係の仕事(回復)に使っていけたらかなり効率的ではないでしょうか。

 

「そう言われても、やっぱり親への恨みが晴れない」

 

そんなときは、安全な人に話を聴いてもらってください。

恨みだけでなく、ほかの多くの感情も消化されていくと思います。

 

自助グループ、カウンセラー、セラピスト、友人、仲間など、いろんなリソースを探索してみてください。

あなたにあったリソースがきっとあると思います。その出会いを貪欲に求めてみてください。

 

あなたを助けてあげられるのは

ほかの誰でもないあなただけですから。

 

 

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