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アダルトチルドレン(AC)専門の心理カウンセラー高澤信也 公式サイト

自分が自分として存在する不安。それと承認欲求|AC回復tips

自分が自分として存在する不安。それと承認欲求|AC回復tips

 

こんにちは。毒親卒業トレーニング管理者兼アダルトチルドレン支援カウンセラー高澤です。

 

今日のテーマは「実存的不安」です。

言葉だけでは意味不明ですね。

 

実存的不安とはざっくり言うと

「私は私であっていいのだろうか?」

「そこに意味や価値はあるのだろうか?」

といった自分が自分として存在することへの不安です。

 

その反対には存在論的安心感というものがあり、それは

「私は私であって良いのだ!」

という自分として存在することに対する安心感のことです。

 

自分を肯定したり、受け入れたり、許したりすることがどうしても難しいときは、もしかしたらこの「実存的不安」が顔を出しているのかもしれませんね。

 

 

わが子との会話にて

昨日のことですが、「実存的不安はいつ、どうやって生まれる不安なんだろう?」という疑問がふいに湧いてきました。

 

その謎を体験的に理解したくて、小学生の息子にこう尋ねてみました。

 

「自分は自分であっていいと思う?」

「それとも『ほかの誰かみたいにならなくちゃ!』と思う?」

 

息子

「自分がいいよ」

「他の人にならないかんって思わんよ」

 

そこで続いて質問。

「どうしてそう思うの?」

 

息子

「自分は自分として生まれてきたとよ!」

「自分という役があるとよ!」

(と、声を張って力説)

 

一人の少年が語ったたった一つのデータでしかありませんが、AC支援をする上で、この対話から大きな示唆を得ることができました。

 

それは

*自分とは「替えのきかない」唯一無二の存在であること

*その自分だからこそ果たせる「役割」があること

 

 

「私は私であって良いのだ!」を脅かしたもの

相談者の多くが他人と自分を比較しては

「自分はダメ」「価値がない」「必要のない人間」etc.

 

判を押したようにこう語られます。

 

そんなときはこう尋ねます。

「いつからそれを信じているの?」

「どうしてそれを信じるようになったの?」

 

ここから導かれる答えのツートップは

①親(家族)の否定的な関わり

②学校でのイジメ(疎外)体験

 

②のイジメ体験の影響も決して小さくはありませんが、同様もしくはそれ以上に①の幼少期の家庭環境の影響は大きいと感じています。

 

たとえば相談者のユイさんは事あるごとにこう言っていました。

 

「自分はダメな人間です」

「自分はいてはいけない人間な気がするんです」

「根本的にどこかおかしいんです」

 

もちろんそんなことありません。

それなのにそう固く信じていました。

 

そこで「いつから?」「なぜ?」を尋ねてみました。

 

そこで語られた子ども時代の話は、、、

⚫︎父親からは憎悪の表情で「お前は何もできない」「ダメな奴」「なんでお前みたいのが生まれてきたんだ」

⚫︎母親からは嫌悪の表情で「なんでそれくらいできないの」「あんたのせいで私が怒られる」

と子どもの頃からずっと言われ続けてきたとのこと。

 

その影響が

「わたしはダメな子なんだ」

「わたしが悪いんだ」

「ここにいちゃいけないんだ」

といった言葉を誤って内側に取り込んだこと。

 

このような環境で育ち、先のようなメッセージを取り込んでしまったユイさんが、漠然と自分という存在に確信を持てなくなってしまうのも無理からぬことではないでしょうか。

 

この状態で

「私は私であって良いのだ!」

なんて思えるはずもなく、なのです。

 

ユイさんの例に限らず、機能不全家族や毒親と呼ばれるような人に囲まれた環境で育ったAC当事者は、「私は私であって良い」という存在論的安心感が大きく脅かされてきたのではないでしょうか。

 

実際に自己存在を肯定できない方の幼少期の話を聞くとき、ある人は攻撃され続け、ある人は批判され続け、ある人は侮辱され続け、ある人は軽視や無視をされ続け、ある人は支配・干渉をされ続け、ある人はペットの如く扱われ続け(過保護のこと)、、、という話が語られます。

 

こういった環境で育ち、そこで「自分はたいした存在ではない」などと誤って学習してしまえば、到底「私は私であって良い」とは感じられなくなるのはある意味自然な結末なのかもしれません。

 

私たちは他者になどなることはできず、「自分として生きる」以外に道はないにもかかわらず。。。

 

 

脅かされた影響

子ども時代に過ごす環境が先のような大変な場であっても、子どもはそこで生き延びなければなりません。

 

その環境の中で生き抜くための戦略を子どもなりに考え、創出し、それを駆使することによって生きにくい「わが家」のなかを生き抜いていくのです。

 

このサバイバル戦略はそのまま対人関係パターンのひな形となり、他者との関係でも発動します。

 

ACの自助グループの資料では次のようなAC特有のパターンを「ACの特質」として述べられています。(下記は表現を変えて記述しています)

 

⚫︎怒りを抑圧する(している)

⚫︎承認を過度に希求する

⚫︎(自己犠牲的に)他者の世話を焼く

⚫︎他者を(明に暗に)コントロールしようとする

⚫︎強い見捨てられ不安

⚫︎権威を恐れる

⚫︎感情の鈍さ・感じにくさ

⚫︎他者から孤立する

⚫︎自己肯定感の低さ(自己批判の強さ)

⚫︎他者の感情や行動にまで責任を持とうとする

⚫︎性的な部分を抑圧する

 

これらはいずれも自分をサバイバルさせてくれた“自分助け”という側面と、「今、ここ」での生きづらさを招く課題という側面の両方があります。

 

 

AC特有のテーマ?

「自己存在への不安」であれ、先のAC特有の特質であれ、あたかもAC特有のテーマのように感じる一方で、もしかしたらACのみならず多くの現代人も同じではないかとも思うのです。

 

「承認を過度に求める」といった傾向は特にそうではないでしょうか。

 

周りを見渡せば、権力、地位、名誉、財力、容姿、有能さ、社会的ステータス、好まれる人柄、物質的に豊かであることなどが「良いもの」と見なされ、多くの人がそれを躍起になって求めているように見えます。

 

そういった手段を通じて達したい目的が他者からの「承認」なのでしょう。

 

みなが競い争うかのように

*他者から認められたい・称賛されたい

*他者から拒絶されたくない・批判されたくない

を求める。

 

まるで他者からの承認は生きる安心をくれる魔法の手立てのようです。

 

しかしこの他者からの承認も実はただの手段”ではないかと

 

その先にある真の目的”は

*「自分は存在していいのだろうか?」という不安を消すこと

*そして「自分は自分であって良いのだ!」という安心を得ること

ではないでしょうか。

 

自己肯定、自尊、自己受容と言っていいかもしれません。

それは条件付けすることなく今の自分を「私は私であって良い」と信じられること。

 

それが今や、そのための手段に過ぎなかった「承認」が、いつからか目的にすり替わっているようにも感じられます。

 

しかしそれは手段の目的化。

承認を求めるほどに

「私はほんとうに私であって良いのだろうか?そこに意味はあるのだろうか?その価値はあるのだろうか?」

などといった実存的不安をかえって強めているのではないでしょうか。

 

承認欲求は普遍的な欲求と言われますから、人であれば大なり小なり持っている欲求です。

 

それ自体は問題ではないものの、そこだけに頼り切りになり、目的化してしまったとき、人はとても生きづらくなることでしょう。

 

なぜなら承認は他者がすること。

つまり相手次第だからです。

 

私たちは他者を思うようにコントローする術を持っていません。

それなのに他者承認に頼り切りになってしまえば、それは即ち「変えられないものを変えようとする試み」です。

 

そのままではバーンアウトする危険性を高めかねません。

 

 

実存的不安を和らげる方法

では私たちが承認に頼り切りになることなく、実存的不安(「私は私で良いのだろうか?」)からほんの少しでも解き放たれていくにはどうすればよいのでしょうか。

 

不正直、自己欺瞞、慢心、身勝手、不寛容、、、。

 

「光」だけではないこういった「影」の部分も併せ持っている不完全な自分自身のことを、どうすれば「自分であって良いんだ!」と思えるようになるのでしょうか。

 

その不安に本質的に取り組むとしたら、もしかするとそれは哲学の範疇なのかもしれません。

 

ここではそこまでは踏み込めませんので、これまでに実際に実存的不安の緩和に役立ったものの内のいくつかを「やりやすい順」にサラッとご紹介します。(いずれも詳しくは別の文献や情報にもあたってみられることをお勧めします)

 

【基礎編】

信頼のおける「安全な人」に不安な気持ちを聞いてもらう。

(キーワード:親密性、カウンセリング、セラピー‥)

*メリット:その場で落ち着き感が得られる

*デメリット:頼り切りになると依存心が強まる。支援機関ならお金がかかる

 

【初級編】

自分がそもそももっている力、素養、特質といった資源に目を向ける。

(キーワード:リソース、ストレングス、ブリーフセラピー‥)

*メリット:優劣ではない自分特有の「彩り」に気づける

*デメリット:一人だけで探索し掘り起こすのが難しい

 

【中級編】

絶対的な味方の力を借りるイメージエクササイズ

①人生で最大の味方と言える存在を1人思い浮かべる(動物、自然、空想の存在でも可)

②その存在(イメージ)に自分の実存的不安や苦しみを吐露する

③その存在から「言ってもらいたい言葉」を言ってもらっている場面をイメージする

④その言葉をまっすぐに受け取る

(キーワード:コンパッションフォーカストセラピー、自己慈悲、ハイヤーセルフ‥)

*メリット:自分で自分を勇気づける(なだめる)ことができる

*デメリット:絶対的味方となる存在が過去にも想像上にもいないとやりようがない

 

【上級編】

ふだんは隠している自分の本音(考え、感情、意思、行為、欠点や弱点、痛みなど)をジャッジしない(※)「安全な人」に開示し、それをただ受け取ってもらう。

(キーワード:AC、自助グループ、親密性、協働調整‥)

*メリット:他者とのつながりを肌身で実感できる

*デメリット:「見たくない自分」を直視せねばならない厳しい側面もある

(※)「ジャッジしない」とは、否定・批判がないだけでなく、肯定も賞賛も助言もない状態。「良い」「悪い」はいずれも評価につきジャッジメントです。

 

※注)次のステップは、主体性の回復が進み、レジリエンス(心の柔軟性)がある程度育った段階で取り組むべきものですので、親への恨みや恐れが残っている、あるいはトラウマの影響が色濃く残っている(特にシェイム(存在の恥)が強い)、といった方はこのステップは無視しておいてください。

【特級編】

仏教+12ステップの視点を活用する

①感情的なしこりが残っている未処理の負の体験を書き出す

②その事態に影響を及ぼした可能性のある「自分の欠点」や「課題」を探索する

⚫︎参考1)欠点と言われるもの:利己的、不正直、身勝手、恐れ、配慮・関心の欠如

⚫︎参考2)課題となるもの:先に述べた「ACの特質」

③それは自分の欠点や課題であることを否認せず真摯に受け入れる

④その欠点や課題によって自分が傷つけた人のリストをつくる

⑤直接その人たちに埋め合わせをする/あるいは間接的な埋め合わせとして「布施」をする

(キーワード:未完了、12ステップ、因果の道理、無財の七施‥)

*メリット:自分の育て直しができる

*デメリット:徹底的に自分の課題を見つめる厳しさが求められる

 

 

いかがでしょうか。

使えそうなものはあったでしょうか。

 

ここに書いたものをノウハウ的におこなってもフィットしない可能性もあれば、自力だけでは実践が不可能なものもあれば、人によってはしんどさがかえって増す可能性があるものもあります。

 

そんなときはここを起点にいろんな有用な情報を探索したり、自分なりに試行錯誤したり、時には第三者の手を借りることも大切になってくると思います。

 

とは言えたとえそうであっても

セルフヘルプ(自分で自分の心を調整すること)

をベースに置いておくことはやはり大切ではないかと思っています。

 

あなたの自助への取り組みが更にうまくいくことを祈っています。

 

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