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「あなたのため」「良かれと思って」で追い詰められる子どもたち|毒親卒業ブログ

「あなたのため」「良かれと思って」で追い詰められる子どもたち|毒親卒業ブログ

 

こんにちは。アダルトチャイルド支援カウンセラーの高澤です。

先日Yahoo!ニュースに次のような記事が掲載されていました。

 

追い詰められた小学生の女の子

ある家のお母さん、小学校中学年の娘さんに有名中学を受験させるべく、勉強について事細かに指示命令や強制をしつづけた結果、その子は安定剤を服用せざるを得なくなったと記事にありました。

 

主治医が「受験がストレス」と伝えたことで、母は「私は違うと思っていたけど、教育虐待をしていたのだろうか…」と後悔したようでした。

 

それを見てホッとしたものの、そうなったあとも「普通の親程度には(勉強しなさいと)言い続けている」という言葉がつづいていました。

 

後日談としてそのお嬢さんは中学受験には合格したものの、安定剤服用をつづけながら中学登校しているとありました。

 

読んだだけで心が痛む記事でした。

 

 

 

それは“本当は”誰のため?

私はこれまでに下は20代から上は60代までの子育てする親御さんの支援をしてきましたが、わが子の悩みで相談に来られた初期の頃は多くの方が

 

⚫︎「子育ての仕方を間違っていた」「変わらなきゃ」

と言いつつも

 

⚫︎「あの子のため」「将来のため」「良かれと思って」

のほうをむしろ力説されます。

 

こういったケースを支援していくとき、ある段階で親御さんには自分と向き合ってもらいます。

 

たとえば先の記事のような場合であれば、、、

「何のために受験させたいのですか?」

 

そしてこの問いへの答えを皮切りに

「それは何のためですか?」

と最後の一点にたどり着くまで尋ねていきます。

 

こんな感じです。

有名中学受験

合格させるため

有名校(高校・大学)に入らせるため

将来いい仕事に就かせるため

将来幸せな生活を送ってもらうため

(「不幸にならないため」が正確かもしれません)

一見やり取りはここで終わりに見えるかもしれませんが、もう少しつづきます。

 

Q)お子さんが将来不幸にならないという確証が得られたら、その結果「今、ここ」でお母さんは何が得られるのですか?

A)子どもには(私みたいに)不幸になって欲しくないんです。幸せになってほしいんです。子どもが大事だからいろいろ心配なんです。だからもし子どもが不幸にならないって保証があれば、私も心配せずに安心して過ごせます。

 

こんな感じでしょうか。

 

つまり、記事のごとく子どもを追い詰めてまでも何かしらを強いるとき、

「不安を感じたくない」もしくは「取り除きたい」

のような“欲”が親の心のうちに潜んでいるのかもしれません。

 

 

 

想定していなかった不幸な結末

わが子には将来幸せになってほしい。

絶対に不幸になんてなってほしくない。

でも人生うまくいかなかったらどうしよう。

うちの子が不幸になったらどうしよう。

もしも・・・

もしも・・・・・

 

わが子可愛さゆえに幸せを願う。

それはとても尊いことだと思います。

 

しかし、まだ訪れていないわが子の将来を否定的に予測し、その予測によって不安感情を生起させているのはほかならぬ親御さん自身。

 

その不安を消すという目的のために、わが子を動かすという手段が用いられるわけです。

 

「わが子のため」「良かれと思って」と言ってお子さんになにがしかを強いてきた親御さんの話をお聞きしていると、多くの方が気づいていない一点があります。

 

それは、将来の不安を消すことに躍起になりすぎて

 

*「今、ここ」に生きている目の前の大切なわが子が不幸になっている

 

という現実です。

 

 

 

それは誰の課題?

そもそも不安を感じているのが親御さんであれば、その「不安感の解消」は親御さん自身の課題になります。子どもとは無関係なのです。

 

しかしそれを親自身ができない、

つまり自分の感情的動揺をなだめられないのです。

 

だから

●「子どもを望むとおりに動かす」

という“手段”を使って

 

●「不安を消す」(安心を得る)

という“目的”を達成しようとするわけです。

 

これは言い換えると、親が解決すべき自分の課題を子どもに解決してもらおうとしている状態。

つまり親が子どもに依存している状態ということになります。

 

親は親の課題に取り組む。

そうすれば子どもは「自分の課題」に安心して取り組むことができます。

 

 

 

子を愛すればこそ親に求められるもの

記事のお嬢さんであれば、学校の勉強もあるでしょうが、まだ小学生だったのですからそれ以上に

 

*友だちと過ごす(つながる、安全基地づくり)

*遊ぶ(笑う、楽しむ、エネルギーを増やす)

*したいことをする(イキイキなる、自分の趨勢に気づきやすくなる)

*自由に感情表現する(「私は私でいい!」が花開く)

といった大切なことがあったはず。

 

それを脇に置いて生きていかねばならなかった彼女を思うと、なんとも胸が痛くなります。

 

私も親ですが、人間である以上不完全です。

失敗なんてしょっちゅうです。(そして息子に怒られます 汗)

「うまくやれてる!」なんてあるはずもなく、なのです。

 

それでも愛するわが子には全身全霊を捧げてでも幸せになってほしい!そう願っています。

 

しかし、実はこれこそが厄介なのです。

 

これは“愛”である一方、“欲”でもあるわけですから、そのままではややもすれば「支配」「統制(コントロール)」「私物化」に至る危険性を排除できません。

 

だからこそ親である自分は、、、

 

*子どもを自分の期待通りに操作しない

*自分の課題に取り組む(自分の感情は自分でなだめる)

*その上でわが子が「生きていきたい方向」に向けた後押しをする

 

、、、ここは外してはいけない大切な“親の仕事”だと思っています。(個人的に、ですが)

 

Yahoo!ニュース記事の教育虐待を受けたお嬢さんをはじめ、様々な「親の期待と不安を背負わされた子」たちが、自分の人生を主体的に生きられる日が人生のどこかのタイミングで訪れることを心から祈るばかりです。

 

 

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