アダルトチャイルド(アダルトチルドレン)支援センター 福岡【トリフォリ】

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  • 生きにくさの根っこ

     

    こんにちは。

    たかざわしんやです。

     

    今回は、

    生きづらさを抱えた状態で子育てなさっている

    親御さん向けのメルマガを転記しました。

     

    あっさり書くつもりが

    4000字近い長文になってしまって

    自分でもびっくり(@_@;)

     

    それでは本文をどうぞ。

     


     

    こんにちは。

    福岡ペアレンティングスクールの

    たかざわしんやです。

     

    今日のテーマは

    「生きにくさの根っこ」

    です。

     

    私たちは無意識のうちに

    生きにくくなってしまう

    負のプログラムをもっていますが、

    それ自体に気づいていません。

     

    無意識のプログラムの多くは

    子ども時代に形成されています。

     

    そこで今回は私の事例をもとに

    子ども時代の体験~大人になったときの影響

    を時間の流れに沿ってお伝えしてまいります。

     

     

    子ども時代のわが家

     

    今日は週末の夜。

    父が飲みに出かける。

    母がピリピリし出す。

    母の口から父への文句が独り言として漏れ出す。

     

    「ああ、きょうもきっとだめだ…」

     

    絶望的な気持ちになる。

     

    そして深夜、

    タクシーが家の前で止まる音が聞こえる。

     

    「おとうさんが帰ってきた…」

     

    心臓が割れてしまうんじゃないかと

    思えるほど鼓動が早まる。

     

    全身に力が入る。

    何も考えられずからだは固まったまま。

     

    そして父が玄関を開ける。

     

    「機嫌が悪くありませんように!」

     

    祈りが通じたのか、鼻歌交じりだ。

     

    「よかった。あとはおかあさん!

    ぜったいにおとうさんに文句言わないで!」

     

    そう願ったのも束の間、母が父に嫌味を言う。

     

    父の鼻歌がやむ。

    軽い言い争いが始まる。

     

    「神さまお願いします!

    口げんかで終わりますように!」

     

    でもこの祈りは通じない。

     

    ほどなく聞こえてくるのは…

    父の怒鳴り声

    母のわめく声

    ガラスが割れる音

    よくわからない鈍い音

    そして母の悲鳴

     

    その間ずっと神さまにお願いしている

    「おかあさんが死にませんように!」

     

    しばらくして訪れる静寂。

    全神経を研ぎ澄ます。

     

    「おかあさんは生きてる?死んでない?」

     

    母がさめざめと泣く声が聞こえる。

     

    「ああよかった。死んでない!」

     

    自分がこのとき

    恐怖で全身凍りついていることに

    気付く余裕なんてなかった。

     

    母が生きていてよかった。

    思うのはただそれだけ。

     

    翌日階下に降りていく。

    窓ガラスが割れている。

    母の顔に大きなアザがついている。

     

    何事もなかったかのように

    父は黙って朝食を摂り、

    母は黙って食事をつくっている。

     

    昨日のことを聞きたくても聞けない。

    喉がギューっと閉まって苦しい。

     

    重苦しい空気の中でご飯を食べ、

    学校へと向かう。

     

    何年もこんなことの繰り返し。

     

    時には暴れる父に飛びかかることもあった。

    だけど子どもの自分は一発で吹っ飛ばされる。

     

    それだけならまだマシ。

    父は私の(父が思う)愚行にさらに激怒し、

    母を怒鳴る、叩く、蹴る。

    時には髪の毛を掴んで引きずり回す。

     

    助けたくても助けられない。

    そんな力はどこにもない。

     

    かわいそうな母がいたたまれなくて、

    これ以上苦しめたくなくて、

    子どもながらに懸命に頑張る道を選んだ。

     

    それはたとえば

    欲求があっても訴えない。

    悩みがあっても打ち明けない。

    心配事があっても平気なフリ。

     

    助けられないなら

    せめて負担をかけないという生き方。

     

    もっと頑張ったことは

     

    「もう辛い。もう嫌。お父さんと別れたい…」

     

    そう嘆く母の話をたくさん聞いた。

    たくさん励ました。

    自分は大丈夫だから別れていいよと何度も告げた。

     

     

     

    誤って信じ込んだ自滅的信念:スキーマ

     

    母の苦しみを少しでも取り除きたくて

    子どもの自分にできる精一杯を頑張った。

     

    だけど決まってかえってくるセリフは

     

    「お前が小さいから別れられない」

     

    そう言って嘆く母。

     

    繰り返されるこの言葉に絶望し、

    いつしかこんな思い込みを強めていた。

     

    「おかあさんが苦しいのは自分のせい」

    「自分が生きているからおかあさんは苦しいんだ」

    「自分は生きてちゃだめな人間なんだ」

    「生まれてきちゃいけなかったんだ」

     

    この思い込みは心の一番深いところに沈み、

    心の中での「事実」と位置付けられた。

     

    「私は生きる価値のない人間」

    「生きているだけで人を苦しめる欠陥人間」

     

    これがその後の人生に渡って

    影響を与え続ける地雷となった。

     

    ───────────────────────

     

    このように心の奥深くに沈み、

    まるで事実のように機能する思い込み(信念)を

    【(早期不適応的)スキーマ】と呼びます。

     

    先のような体験の中で

    子どもの私が誤って信じ込んだものの一つが

    「私は欠陥人間」

    という漠然としたものでした。

     

    こんなものが自分の中にあると気づくはずもなく、

    それを抱えたまま年を経ていったのです。

     

     

     

    自滅的信念の影響

     

    子どもの私が誤って信じ込んだ

    自滅的信念(スキーマ)はこんなものでした。

     

    「ダメ人間の自分じゃ誰からも必要とされない」

    「必要とされるためには人の役に立たなくちゃ!」

     

    まるで母を助けたかった子どもの自分のごとく

    ・困っている人

    ・苦しんでいる人

    を目にするたびにひどく焦る自分。

     

    その人からの求めもないのに

    「大丈夫ですか?」

    「お手伝いしましょうか?」

    などと声をかけていました。

     

    企業務めをしたときも同じで、

    自分のことはもちろん全力で頑張る。

     

    じゃないと周りに要らぬ負担をかけるから。

     

    それ以上にやっていたことは

    しんどそうな後輩や部下にばかり意識が向き、

    放っておけなくて自ら助けを買って出たり、

    上層部の圧力からの盾になったり。

     

    一見男気のある人間みたいですが、

    行動を後押ししているものは「怖れ」。

     

    苦しんでいる人を放っておこうとすると、

    自分がどうしようもないダメ人間に思えてしまう。

     

    それがとても怖かったんです。

     

    この生き方のお陰でできることは増えました。

    いろんな力も身につきました。

     

    ですが、いくら努力しても

    「自分はダメ」

    という感覚はなかなか消えなかったんですよね。

     

    これがスキーマの根強さだったのでしょう。

     

     

    ほんとうにほしかったもの

     

    ところで

    私が子どもの頃にほしかったものは

    何だと思いますか?

     

    それは

    *愛されたい

    とか

    *褒めてほしい

    とかではありませんでした。

     

    そんなものはもっと後でよくて、

    その時点で望んでいたものはもっとシンプルな

     

    安心安全

     

    日々の暮らしを

    ただ穏やかに過ごしたかった。

    それだけだったんですよね。

     

    全ての子どもには

    感情的なニーズ

    というものがあります。

     

    それはこういったことを

    感覚的に信じられるようになる関わりです。

     

    「私は愛されている」「大切な存在」

    「私には力がある」

    「人は信頼できる」「この世界は安全」

     

    こういったことを信じられたら、

    子どもはもちろん、

    大人の私たちも人生が生きやすくなるって

    想像は容易にできるのではないでしょうか。

     

    ───────────────────────

     

    さて、今回お伝えしたことは

    1)子ども時代の傷つき体験

    2)その体験により誤って生まれる自滅的信念(スキーマ)

    3)その信念によるマイナスの影響

    4)傷つき体験から判明した

     「満たされなかったニーズ(=満たしたいニーズ)」

     

    子ども時代から現状まではトータルで振り返ることで

    *自分を苦しめてきた信念の正体

    *「自分はダメ人間じゃなかった」という気づき

    *本質的に自分を満たしてくれるもの

    に私は気づくことができました。

     

    そのお陰で生きることが

    以前とは比べ物にならないほど楽になりました。

     

    え?

    だったらだめなところは無くなったかって?

     

    いえいえ!

    そんなものはいくらでもありますがな。

    ひじょーに残念ですが( ̄▽ ̄)

     

    とはいえ大きく違うことがあります。

     

    それは、

    そのだめな自分も大切な自分の一部。

    こう思えるようになったこと。

     

    ことわざにある

    「ばかな子ほどかわいい」

    っていうやつではないでしょうか(o^^o)

     

    最後に、

    今回の事例をお伝えした目的は、

    つらくても過去に向き合いましょう!

    ということでは全くありません。

     

    誰にもこういった仕組みで

    生きづらさが生まれるということ。

     

    人生がうまくいかないのは

    「自分がダメだから」ではないこと。

     

    それなりの背景が必ずあるということ。

    だから自分を責める必要はないということ。

     

    そんなことをお伝えしたかったのです。

     

    このメルマガを読んでおられるあなたは

    おそらく子育て真っ最中だと思います。

     

    もしそうであれば

    「ダメじゃない親になる」を目指すのではなく、

    「ダメな部分も自分の一部」と自分を許せる工夫を

    してほしいと願っています。

     

    あなた自身が生きづらさから卒業できますように。

    そのお陰でお子さんが子どもらしく生きられますように。

    そのうえで親子のつながりを楽しめますように。

     

    心からそう祈っています。

     

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

     

     

    2018年07月27日(金)

    存在の恥シェイム

     

    ======================================

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    ======================================

    高澤信也です。

     

    今日のテーマは「シェイム」。

     

    訳すと「恥」ですが、

    ここでいう恥は行為に対する恥ではなく、

    自分という存在に対して感じる恥のこと。

     

    トラウマ(PTSD)などにも大きく

    関わっているといわれる感情です。

     

    シェイムの特徴

    ところでこのシェイム君。

     

    実は自分も周りも気づきにくいんです。

     

    なぜなら恥なだけに

    「穴があったら入りたい」

    ですから。

     

    そうです。

    隠れるんです。

     

    どうやって?

     

    いろんな蓋を使って隠れるんです。

     

    怒りをつかって蓋

    すごい自分になることで蓋

    超絶的に頑張ることで蓋

    感情を麻痺させて蓋

    お酒やギャンブルなどより強い刺激で蓋

     

    でもこれ

    隠してるだけなんで

    シェイム君はどこにもいってません。

     

    苦しいままです。

     

    むかしのわたし

    などど支援者テイストで書いている

    私ではございますが、以前はそれこそ

    シェイム君にやられっぱなしでした。

     

    「自分はダメじゃない!」

    って隠すことに必死。

     

    過剰に頑張って何でもできる自分になろうとしたり、

    助けが欲しくてもSOS出さなかったり、

    自分の弱みは絶対に見せなかったり。。。

     

    でもですね、

    これすべてうまくいきませんでした(涙)

     

    ではどうすればよかったんでしょうか?

     

    シェイム君とのおつきあい

    まずは

    シェイム君はここにいる!

    という現実を認めること。

     

    どんだけ隠したって

    そこにいるわけですから。

     

    潔く認めることからスタートです。

     

    そのあとはいろいろ。

     

    *不完全な自分に慈悲を与える(ゆるす)

    *外からのスリコミの恥は「いらん!」

     って言ってぽいっと捨てる

    *親密な繋がりをもつ(愛着システム起動!)

    などなど。

     

    色々とやってきたお陰で、

    シェイム君が出てくることは

    今ではほぼほぼなかったわたくし。

     

    それがなぜか本日

    ドカンと急に出現(;・∀・)

     

    やばい!と思って

    いろいろやりました。

     

    まずはセルフコンパッション(自己慈悲)。

     

    しかし歯が立たず。

    今回のはデカい!やばい!

     

    次は再決断療法の感情処理。

     

    これで多少下がるも下げ止まり。

     

    つづいてトラウマワークで学んだ

    姿勢のチェンジ。

     

    これでまた少し下がるもまだまだ。

     

    ありゃまあ困ったなあと思いながらも

    そのままシェイム君を受容。

     

    すると少しまた落ち着き。

     

    その落ち着きのお陰で

    基本のきを思い出しました。

     

    そう

    「今、ここ」

    につながるためのグラウンディング。

     

    足の裏をしっかり地面につけ、

    そこに意識を強く向けました。

     

    するとなんと、

    まるで体内の電気が放電するみたいに

    足の裏から地面にビリビリした感覚が

    流れ出した感じがしてびっくり!

     

    しばらくそのままにしていると

    無事放電(?)は終わったようで、

    気づけばシェイム君はどこかに

    去って行っておられました<(_ _)>

     

     

    どうして今日現れたのか不明ですが、

    まだまだ自分にOKを出す余地が

    あるというサインなんでしょうね。

     

    自分を受け容れ

    慈しみ

    いたわっていくって、

    きっと一生つづくプロセスかもしれません^^

     

     

     

     

     

     

     

    生きとし生けるものが幸せでありますように。

    2018年06月19日(火)

    きょうの失敗:自分にできてないことやれって言ってた

     

    おはようございます。

    高澤信也です。

     

    なぜかしら昨日からブログの

    画像が反映されていません。

     

    殺風景な感じで寂しくありますが

    なにとぞご容赦ください。

     

    ところで。

    昨日に引き続きやらかしました_| ̄|○

     

    きょうの失敗

    昨日の鉛筆事件(汗)を

    ひとり夜中に思い返しておりました。

     

    そこで思い出したことは

    自分もおくさんから毎回

    「これ、やっといてね」

    と言われていることがあったこと。

     

    それは

    次回からは言われなくてもやる!

    という約束だったけど

    言ってもらわないとやれてなかった…。

     

    あ、息子と一緒。

     

    それなのに、ああそれなのに、

    私は息子に偉そうに威張って

    「約束やけん、守らないかんやろ!」

    などとのたまっていたわけで 汗

     

     

    「しんどい」の仕組み

    【出来事(状況)】

    そのことに気づいたとき

     ▼

    【感情】

    恥(シェイム)

     

     

    昨日は罪悪感できょうは恥。

     

    恥も罪悪感と同じで

    自分が自分のルールを破ったサインです。

     

    ルールを探りました。

    結果、昨日と同じものでした(;^_^A

     

    ということで

    今日はルール以下は割愛です。

     

    その代わりに。

     

    子どもに「あるもの」と「ないもの」

    あなたは相手(子ども)の

    「ないもの」を見ますか?

    「すでにあるもの」を見ますか?

     

    たとえば私のばあい

    「約束を破った」

    を見ていればそれは

    「ないもの」

    を見ていることになります。

     

    だから腹が立つ。

     

    反対にある

    「すでにあるもの」

    を見てみますね。

     

    すると、見える見える!

     

    *生きていてくれる

    *笑ってくれる

    *話してくれる

    *元気に過ごしてくれる

    *学校行ってくれる

    *友だちと遊んでくれる

    *感情を表現してくれる

    ほかにもたくさん。

     

    あと

    *寝顔が超かわいい♪

     

    こんなことに思いがいたったのが

    今朝の4時前。

     

    有難さのあまり眠れなくなって

    ずっと息子の寝顔を見つめていました(涙)

     

    そこで感じた感情は

    感謝

     

    なんともここちよい気分でした(#^^#)

     

    生きやすさのコツ

    これって

    親子関係に限らないですね。

     

    自分との関係でも同じこと。

     

    自分の「ないとこ」を見れば

    落ち込んだり、恥ずかしくなったり。

     

    いっぽう「あるとこ」を見れば

    そんな自分を有難く感じられる。

     

    ゆるし

    って回復にはとても大切といわれます。

     

    誰だって

    「ないもの」は無数にあります。

     

    それを嘆いてもしょうがないんですよね。

     

    だって

    ないものはない!

    わけですから。

     

    そんなないものだらけの自分を

    ゆるせるとすごく楽になります。

     

    そのうえで

    「今あるもの」

    に目が向くと、

    自分を受け入れられます。

     

    まとめるとこんな感じ。

     

    「確かに自分には

    あれもないしこれもないなぁ」

     

    「他人はどうあれ

    自分にないもんはないもんなぁ。

    そりゃそうだよねぇ」

     

    「どんなに嫌がっても

    それが自分なわけだし」

     

    「とはいえまあ生きてるし。

    自分なりにやってることもあるし」

     

    「そう思うと

    自分もよくやってるのかな?」

     

    「とりあえずいまは

    そういうことにしとこう♪」

     

    不完全な自分をゆるせると

    そんな自分に感謝できます。

     

    それができると

    不完全な他者をゆるせるようになり、

    「あるもの」を見て感謝できるようにも。

     

    お釈迦さまがおっしゃった

    *まず自らを調えよ

    ほんとに大事なんですね。

     

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

    2018年05月30日(水)

    きょうの失敗:一回で「ダメ」って言っちゃった

     

    こんにちは。

    トリフォリの高澤です。

     

    今回からしばらく

    私の日々の失敗体験やストレス体験を元に

    どうやってそこから楽になっていくのかを

    書いていこうと思います。

     

    ということで今日の失敗体験…。

     


     

    【状況】

    ・いつ?:朝の登校直前

    ・どこ?:自宅

    ・誰?:息子が

    ・何?:片付けなかったら捨てるという

    約束だった鉛筆を床に3日放置したまま。

    これは別に問題なしだったけど、

    あとあと気づいたこと。

     

    【状況その2】

    息子が物を大切にできない時は、

    物に<感情>があるという認識を

    つかってやり直す、が元々の約束

    だったことを思い出した。

     

    なのにそれを忘れて

    たった一回のミスで

    「捨てないで」

    と言われた鉛筆を

    「ダメ!」と捨ててしまった。

     

    息子が一言も発さずしょんぼりと

    学校へ向かった姿も思い出した。

     

    【感情】

    強烈な罪悪感

     

    ここにポイント①

    私たちは無意識のうちに

    自分をルールで縛っています。

     

    「こうせい、ああせい」とか

    「こうすな、ああすな」とか。

     

    それがあるから生きづらい、のです。

     

    ちなみに今回の<罪悪感>。

     

    罪悪感(恥も)は自分が自分のルールを

    破ってしまったというサインなのです。

     

    では私のルールは何か?

    探ってみたところの答えは、、、

     

    【ルール(ビリーフ)】

    「人を苦しめてはいけない」

     

    そう。

    私の思い込みで

    息子にいらぬ負担をかけてしまった…。

     

    苦しめてしまった…ということ。

     

    ではこのルールはどこから来るのでしょう。

     

    それは

    自分でも気づかないうちに

    心の深いところで信じている信念から。

     

    では私の

    「人を苦しめてはいけない」

    というルールはどんな信念から出たのか。

     

    これも探ってみました。

    答えはこれでした。

     

    【スキーマ(誤った信念)】

    「人を苦しめる自分には何の価値もない」

     

    苦しめちゃダメなんです。

    だって価値がなくなりますから(;’∀’)

     

    この信念。

    持ったままだと生きづらいですね。

     

    人は悪意がなくても

    人とふれあっていると傷ついたり

    傷つけたりすることがありますもの。

     

    ついでにもうひとつ。

    このような誤った信念は何処から?

     

    それは多くの場合

    他者(たとえば幼少期の親)の価値観から

    発される言葉や態度を通じたメッセージから。

     

    私が受けたメッセージはこんなものでしょう。

     

    【メッセージ】

    「私が苦しいのは、お前のせい」

     

    ではこのメッセージはどこから?

     

    たぶんこんな体験(原初体験といいます)の

    影響を受けているのでしょう。

     

    【原初体験】

    幼少期のわが家には

    父の飲酒→母へのDV

    がありました。

     

    殴られる母を見るのはつらいし、

    大声で怒鳴ったり叩いたりする父は怖いし、

    だからといって誰からも助けてもらえない。

     

    なのでいつも母に訴えておりました。

    「わかれたらいいやん」

     

    しかしこれを言うと決まって母は

    嘆きながらこう言っておりました。

     

    「そりゃ別れたいよ!

    でもお前が小さいけん別れられんたい!」

     

    繰り返されるこのセリフ。

     

    私の心の奥には

    「私が苦しんでいるのはお前のせい」

    のように聞こえていました。

     


     

    ここまでを整理してみますね。

     

    【原初体験】

    母曰く、私がいるから母は苦しいまま

      ▼

    【メッセージ】

    「苦しいのは、お前のせい」

      ▼

    【スキーマ】

    「人を苦しめる自分に価値はない」

      ▼

    【ルール(ビリーフ)】

    「人を苦しめてはいけない」

     

    しかしこのルールは鎖。

    かえって生きづらさが維持される。

     

    さらにここにもうひとつ付け足しが。

     

    それは、

    ルールに支配された行動を

    私たちはふだん無意識にやっているのです。

     

    先のルールに従う行動とはたとえば

     

    【ルール支配行動】

    ・困っている人がいたら求めがなくても助ける

    ・人を苦しめている人がいたら制止する

    ・人が無駄に苦しまなくていいよう過度に配慮する

    っていうところでしょうか。

     

    この行動こそが

    私たちをつらくしているもの。

     

    だって、これ、

    「したい!」

    わけではないんです。

     

    しないと怖いから

    「しなくちゃ!」

    とやっているだけなんです。

     

    そりゃしんどくもなりますわ( ̄▽ ̄)

     

    ということで、

    ここから脱却したいなら

    ルールを破ればOK(*^^)v

     

    …ですが、

    ブロックがかかっていて簡単には破れず_| ̄|○

     

    とはいえ破る方法はありますし、

    結局は破れるんですけどね^^

     


     

    さてさて、

    しばらくはブログでこの流れを

    つづってみようと思います。

     

    あなたも自分の生きづらさを

    この流れに沿って検討していくと、

    生きづらさの全体像が見えてくる!

    …かもしれませんよ(^^;

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますよう。

     

     

     

    2018年05月29日(火)

    自分のトリセツ

    こんにちは。

    トリフォリの高澤です。

     

    これまで長いこと屋号はトリフォリでしたが、

    そう遠くないうちに

    『福岡ペアレンティングスクール』(仮)

    に変更予定。

     

     

    理由は

    子育て、自分育ての学校をつくりたいから。

     

     

    とはいえ

    自分にはできないことだらけなので、

    最近はいろんなところで仲間探し中。

     

    *同じ志をもつ人

    *私にできないことをできる人

     

    その仲間たちと力を合わせて

     

    ☆子育て(ペアレンティング)

    ☆自分育て(リペアレンティング)

     

    にまつわることがなんでもできる

    学校をきっとつくります!

     

     

     

    ところで、話は変わりますが、

    昨日3万円落としました_| ̄|○

     

    お金はクリアファイルに挟んでいたから

    大丈夫と思っていたのです。

     

    いつもそうしてたし。

     

    だがしかし!奥さん曰く

    「むしろ落ちるよ、スルッとね」。

     

    ああ、そうなのね。

    今まで落ちなかったのがラッキーだっただけね。

     

     

    さてさて、不注意でお金をなくしたので、

    なんとなく

    「お、怒られる❗️」

    ってびくついていた私。

     

    でも奥さん

    イラ立つどころか観音さまみたいな顔で

     

    「残念やったね」

    「なくなったものはしょうがないね」

    「今度から気をつければいいね」

     

    嗚呼💛

    なんて素敵な奥さまだこと(*≧∀≦*)

     

    赤の他人なら簡単に言えるでしょうが、

    家計を預かる身からするとなかなか

    こんなセリフは言えない気がします。

     

    ということで今日はただの愛妻自慢❗️

     

    ではありません( ̄▽ ̄;)

     

     

    私たちはふだんの暮らしのなかで

    ・ショックなこと

    ・腹がたつこと

    ・悲しいこと

    ・怖いこと

    ・嫌なこと

    に日々遭遇しています。

     

    それを避けることは不可能です。

    だって生きていれば色々ありますもの。

     

    それなのに時に人は

    そういったことを感じる「出来事」を

    無くそう・変えようとしがちです。

     

    でも変えられませんよね。

    それって「現実」ですもの。

     

    そうなんです(涙)

    もう3万円はかえってこないのです(号泣)

     

    そう、現実は変えられないんです。

     

     

    それが苦しくて次に人は

    <感情>

    を避けようとするみたいで。

     

    「もう3万円のことは忘れよう!」

    「考えるのやめよう!」

    「テレビでも見て気を紛らわせよう!」

     

    ですが感情は心で<感じる>もの。

    頭で逸らせるものではないようです。

     

    だってまだ心がズキズキしてますもの(ノД`)

     

     

    さてさて、ではこんなとき、

    私たちは自分をどう扱えばいいんでしょうか?

     

    こんなときにやられたら堪えるけど

    意外にありがちなあるある。

     

    まずは

    「何やってんの!バカじゃないの?」

    と言われたら…

     

    きっと立ち上がれません(涙)

    でもありがち。

     

    では

    「しょうがないでしょ!さっさと諦めなさい!」

    だったら?

     

    これまたきつい…。

     

    だってこれ、

    「ショックを感じるな!」ってメッセージですから。

     

    だったら

    「どこで落としたの?探した?ちゃんと思い出して!」

    だったらいいでしょうか。

     

    いわゆる問題解決にシフト。

    いやいや、これもしんどい。

     

    もしこれ言われていたら

    たぶん心のなかで泣いてたかも。

     

     

    ではいったいどうしてもらったら楽でしょうか。

     

    うちの奥さんの言葉にそのヒントがありました。

     

     

    3万円なくして一番ショックなのは私。

     

    その<ショック>という“気持ち”に対して

    彼女が言ってくれた言葉が

    「残念だったね」

     

    そう、とても残念すぎる。

     

    簡単に「ま、いいか」とも思えない。

    そんなちょっとグジグジしたおぢさんの私。

     

    だけど彼女は

    過ぎてしまったことを責めもせず

    ショックを「感じるな」とも言わず

    問題解決しろとも言わない。

     

    ましてや

    「私が貸してあげる!」

    なんて親バカみたいなこともしない。

     

    やってもらったことは

    やらかしてしまった私への慈悲。

     

     

    人生から苦しい出来事を全排除する、

    そんなことは不可能です。

     

    だけどその苦しみを感じているとき、

     

    *自分をどう扱うか

    *自分にどんな声かけをするか

     

    はいくらでも選べます。

     

     

    私たちが自分をどう扱うかによって、

    苦しみを<苦悩>にまで強めることもできれば、

    苦しみを<感謝>に変えることもできます。

     

    感謝とは<喜び>をも凌駕する

    とっても温かくて心地よい感情。

     

    苦しんでるからこそ自分を慈しむ。

    それが自分を心地よくしてくれる。

     

    人にもらおうとすると依存になりますが、

    自分にしてあげる分にはいくらでもやって

    あげていいですね。

     

    そんな自分ってまるで

    ☆理想の親

    みたいですね。

     

    これ、いいですねー(^-^)

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますよう。

     

    2018年05月15日(火)
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