アダルトチャイルド(アダルトチルドレン)支援センター 福岡【トリフォリ】

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  • 不安のしくみ

     

     

    こんにちは。

     

    トリフォリ内

    福岡ペアレンティングスクールの

    高澤信也です。

     

    最近動画に目覚めまして、

    3分くらいの短い動画を50本くらい

    アップしようと目論んでおります。

     

    とはいうものの、

    1ヶ月後には心理師の試験。

     

    わたくし残念にも

    勉強停滞の崖っぷち状態( ̄▽ ̄)

     

    ということで今日は(も)勉強ギブアップして

    隙間時間に動画をひとつアップしました。

     

    テーマは「不安のしくみ」

     

    不安ってどんなふうに湧いてくる?

    どんな対処をするといいの?

     

    深く突っ込んだ内容ではないですが、

    軽く取り組めそうな提案もお伝えしてます。

     

    よろしかったらどうぞご覧ください。

     

     

     

    チャンネルURL https://goo.gl/9ARfZ8

     

     

    2018年08月03日(金)

    不安を感じたくない!

    こんにちは。

    高澤信也です。

     

    今日のテーマは過度な不安について。

     

    日常生活の多くを不安に苛まれ、

    それに困っている方のご相談は少なくありません。

     

    ではなぜそんなに不安になるのか?

    なぜそれが繰り返されるのか?

     

    それを事例でご紹介します。

    (ある特定の方の事例ではないことをご理解ください)

     

    事例:A子さんとB子さんの現状

    【A子さんの事例】

    人の中にいるとすぐ不安になる。

     

    「批判されるんじゃないか」

    「拒絶されるんじゃないか」

     

    そんなセリフが頭をよぎっては

    居ても立っても居られなくてその場から逃げる。

     

    こんな状態だから人の力を借りることもできず、

    自分一人では困難のことであっても自力だけで

    なんとかクリアしようと頑張る。

     

    そんなことを繰り返してきたそうです。

     

    ・・・・・・・・・

     

    【B子さんの事例】

    A子さんとは反対に

    ひとりでいるとすごく不安になる。

     

    不安が湧くと自分では対処できず、

    友人や家族や同僚をすぐに頼る。

     

    話を聞いてもらうとその時は落ち着くものの、

    似たような状況になるとまた不安に襲われる。

     

    そしてまた人を頼る。

    こんなパターンの繰り返し。

     

    ・・・

     

    このお二人、パターンこそ大きく違っても

    訴えは全く同じものでした。

     

    「不安を感じなくなりたいんです!」

     

     

    不安の原因

    ところでこのお二人、

    どうしてこんなに不安が強くなったのでしょう。

     

    まずはA子さん。

     

    子ども時代の話を聞くと、

    両親ともに虐待的だったそうです。

     

    事あるごとに怒鳴ったり叩いたり。

    その理由もよく分からなかったそうです。

     

    この環境で生き延びるために、

    子ども時代のA子さんは常に

    「安全か?危険か?」

    にアンテナを張り続けていました。

     

    その結果いつも

    「何か嫌なことをされるんじゃないか?」

    と予測するクセがついていたようです。

     

    なかなか人を信じることができない。

    だからいつも不安だったわけです。

     

     

    次にB子さん。

    子ども時代の話を聞くと、

    別に虐待があったわけではない。

     

    むしろ反対に過保護であったと。

     

    そんな環境であれば

    A子さんのようにアンテナを張らずに済みます。

     

    ただその一方で「自分の世話(ケア)を自分でする」

    ということに取り組む必要がなくなります。

     

    たとえば不安になっても

    親がその不安を肩代わりしてくれたりします。

     

    これは一見良い関わりのようですが、

    子どもが「自分で自分のケアをする」

    という練習をする機会が失われています。

     

    自分のケアには

    *感情のケア

    という大切なものも含まれています。

     

    つまり、

    過度の肩代わりによりセルフケアの力が育たず、

    その結果自分で不安を処理できなくなったわけです。

     

     

    ふたりの共通点

    訴えは同じでも

    現状も原因もかなり異なるA子さんとB子さん。

     

    ですが大きな共通点もあります。

     

    それはどちらの親も

    *子どもの力を信じて委ねる

    というかかわりが不足していたこと。

     

    この信頼はすごく大切ですが、

    親の力量が問われるかかわりでもあります。

     

    なぜ大切かというと

    これが子どもの2つの

    *じりつ

    を育てるから。

     

    ひとつは「自律」を。

    もうひとつは「自立」を。

     

    残念ですが、

    A子さんもB子さんも子ども時代に

    *じりつ

    のタネをもらってなかったんですね。

     

     

    不安にどう対処すればいい?

    さて、

    現状も原因も異なるA子さんとB子さん。

     

    対処ももちろん異なってきます。

     

    A子さんに必要なことは

    「人は思うほど悪い人ばかりじゃない」

    「自分を大切にしてくれる人もいる」

    なんてことが少しずつ信じられるようになること。

     

    一方B子さんに必要なことは

    「自分にだって力はある」

    「ひとりで生きていくことだってできる」

    なんてことが少しずつ信じられるようになること。

     

    行動面では

    A子さんは人を頼ることが大切。

    B子さんは反対に「自分のことは自分で」が大切。

     

    不思議に見えるかもしれませんが、

    たとえ訴えは同じであっても

    まるで正反対のことが助けになるわけです。

     

     

    まとめ

    不安はとっても不快な感情。

    だけど「何を備えればいいか」を教えてくれる

    とても大切な感情。

     

    不安を消すための努力は、

    解決すべきことを見えなくしてしまいます。

     

    不安の対処で大切なことは

    不安を「消す」「避ける」ではありません。

     

    不安という感情を抱え(味わい)、

    そこから「何が必要か」を学び、

    不安という感情を消化することを経て

    必要なものを行動により備えていく。

     

    その先には不安の正反対の

    *安心

    が待っています^^

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

    2018年07月31日(火)

    生きにくさの根っこ

     

    こんにちは。

    たかざわしんやです。

     

    今回は、

    生きづらさを抱えた状態で子育てなさっている

    親御さん向けのメルマガを転記しました。

     

    あっさり書くつもりが

    4000字近い長文になってしまって

    自分でもびっくり(@_@;)

     

    それでは本文をどうぞ。

     


     

    こんにちは。

    福岡ペアレンティングスクールの

    たかざわしんやです。

     

    今日のテーマは

    「生きにくさの根っこ」

    です。

     

    私たちは無意識のうちに

    生きにくくなってしまう

    負のプログラムをもっていますが、

    それ自体に気づいていません。

     

    無意識のプログラムの多くは

    子ども時代に形成されています。

     

    そこで今回は私の事例をもとに

    子ども時代の体験~大人になったときの影響

    を時間の流れに沿ってお伝えしてまいります。

     

     

    子ども時代のわが家

     

    今日は週末の夜。

    父が飲みに出かける。

    母がピリピリし出す。

    母の口から父への文句が独り言として漏れ出す。

     

    「ああ、きょうもきっとだめだ…」

     

    絶望的な気持ちになる。

     

    そして深夜、

    タクシーが家の前で止まる音が聞こえる。

     

    「おとうさんが帰ってきた…」

     

    心臓が割れてしまうんじゃないかと

    思えるほど鼓動が早まる。

     

    全身に力が入る。

    何も考えられずからだは固まったまま。

     

    そして父が玄関を開ける。

     

    「機嫌が悪くありませんように!」

     

    祈りが通じたのか、鼻歌交じりだ。

     

    「よかった。あとはおかあさん!

    ぜったいにおとうさんに文句言わないで!」

     

    そう願ったのも束の間、母が父に嫌味を言う。

     

    父の鼻歌がやむ。

    軽い言い争いが始まる。

     

    「神さまお願いします!

    口げんかで終わりますように!」

     

    でもこの祈りは通じない。

     

    ほどなく聞こえてくるのは…

    父の怒鳴り声

    母のわめく声

    ガラスが割れる音

    よくわからない鈍い音

    そして母の悲鳴

     

    その間ずっと神さまにお願いしている

    「おかあさんが死にませんように!」

     

    しばらくして訪れる静寂。

    全神経を研ぎ澄ます。

     

    「おかあさんは生きてる?死んでない?」

     

    母がさめざめと泣く声が聞こえる。

     

    「ああよかった。死んでない!」

     

    自分がこのとき

    恐怖で全身凍りついていることに

    気付く余裕なんてなかった。

     

    母が生きていてよかった。

    思うのはただそれだけ。

     

    翌日階下に降りていく。

    窓ガラスが割れている。

    母の顔に大きなアザがついている。

     

    何事もなかったかのように

    父は黙って朝食を摂り、

    母は黙って食事をつくっている。

     

    昨日のことを聞きたくても聞けない。

    喉がギューっと閉まって苦しい。

     

    重苦しい空気の中でご飯を食べ、

    学校へと向かう。

     

    何年もこんなことの繰り返し。

     

    時には暴れる父に飛びかかることもあった。

    だけど子どもの自分は一発で吹っ飛ばされる。

     

    それだけならまだマシ。

    父は私の(父が思う)愚行にさらに激怒し、

    母を怒鳴る、叩く、蹴る。

    時には髪の毛を掴んで引きずり回す。

     

    助けたくても助けられない。

    そんな力はどこにもない。

     

    かわいそうな母がいたたまれなくて、

    これ以上苦しめたくなくて、

    子どもながらに懸命に頑張る道を選んだ。

     

    それはたとえば

    欲求があっても訴えない。

    悩みがあっても打ち明けない。

    心配事があっても平気なフリ。

     

    助けられないなら

    せめて負担をかけないという生き方。

     

    もっと頑張ったことは

     

    「もう辛い。もう嫌。お父さんと別れたい…」

     

    そう嘆く母の話をたくさん聞いた。

    たくさん励ました。

    自分は大丈夫だから別れていいよと何度も告げた。

     

     

     

    誤って信じ込んだ自滅的信念:スキーマ

     

    母の苦しみを少しでも取り除きたくて

    子どもの自分にできる精一杯を頑張った。

     

    だけど決まってかえってくるセリフは

     

    「お前が小さいから別れられない」

     

    そう言って嘆く母。

     

    繰り返されるこの言葉に絶望し、

    いつしかこんな思い込みを強めていた。

     

    「おかあさんが苦しいのは自分のせい」

    「自分が生きているからおかあさんは苦しいんだ」

    「自分は生きてちゃだめな人間なんだ」

    「生まれてきちゃいけなかったんだ」

     

    この思い込みは心の一番深いところに沈み、

    心の中での「事実」と位置付けられた。

     

    「私は生きる価値のない人間」

    「生きているだけで人を苦しめる欠陥人間」

     

    これがその後の人生に渡って

    影響を与え続ける地雷となった。

     

    ───────────────────────

     

    このように心の奥深くに沈み、

    まるで事実のように機能する思い込み(信念)を

    【(早期不適応的)スキーマ】と呼びます。

     

    先のような体験の中で

    子どもの私が誤って信じ込んだものの一つが

    「私は欠陥人間」

    という漠然としたものでした。

     

    こんなものが自分の中にあると気づくはずもなく、

    それを抱えたまま年を経ていったのです。

     

     

     

    自滅的信念の影響

     

    子どもの私が誤って信じ込んだ

    自滅的信念(スキーマ)はこんなものでした。

     

    「ダメ人間の自分じゃ誰からも必要とされない」

    「必要とされるためには人の役に立たなくちゃ!」

     

    まるで母を助けたかった子どもの自分のごとく

    ・困っている人

    ・苦しんでいる人

    を目にするたびにひどく焦る自分。

     

    その人からの求めもないのに

    「大丈夫ですか?」

    「お手伝いしましょうか?」

    などと声をかけていました。

     

    企業務めをしたときも同じで、

    自分のことはもちろん全力で頑張る。

     

    じゃないと周りに要らぬ負担をかけるから。

     

    それ以上にやっていたことは

    しんどそうな後輩や部下にばかり意識が向き、

    放っておけなくて自ら助けを買って出たり、

    上層部の圧力からの盾になったり。

     

    一見男気のある人間みたいですが、

    行動を後押ししているものは「怖れ」。

     

    苦しんでいる人を放っておこうとすると、

    自分がどうしようもないダメ人間に思えてしまう。

     

    それがとても怖かったんです。

     

    この生き方のお陰でできることは増えました。

    いろんな力も身につきました。

     

    ですが、いくら努力しても

    「自分はダメ」

    という感覚はなかなか消えなかったんですよね。

     

    これがスキーマの根強さだったのでしょう。

     

     

    ほんとうにほしかったもの

     

    ところで

    私が子どもの頃にほしかったものは

    何だと思いますか?

     

    それは

    *愛されたい

    とか

    *褒めてほしい

    とかではありませんでした。

     

    そんなものはもっと後でよくて、

    その時点で望んでいたものはもっとシンプルな

     

    安心安全

     

    日々の暮らしを

    ただ穏やかに過ごしたかった。

    それだけだったんですよね。

     

    全ての子どもには

    感情的なニーズ

    というものがあります。

     

    それはこういったことを

    感覚的に信じられるようになる関わりです。

     

    「私は愛されている」「大切な存在」

    「私には力がある」

    「人は信頼できる」「この世界は安全」

     

    こういったことを信じられたら、

    子どもはもちろん、

    大人の私たちも人生が生きやすくなるって

    想像は容易にできるのではないでしょうか。

     

    ───────────────────────

     

    さて、今回お伝えしたことは

    1)子ども時代の傷つき体験

    2)その体験により誤って生まれる自滅的信念(スキーマ)

    3)その信念によるマイナスの影響

    4)傷つき体験から判明した

     「満たされなかったニーズ(=満たしたいニーズ)」

     

    子ども時代から現状まではトータルで振り返ることで

    *自分を苦しめてきた信念の正体

    *「自分はダメ人間じゃなかった」という気づき

    *本質的に自分を満たしてくれるもの

    に私は気づくことができました。

     

    そのお陰で生きることが

    以前とは比べ物にならないほど楽になりました。

     

    え?

    だったらだめなところは無くなったかって?

     

    いえいえ!

    そんなものはいくらでもありますがな。

    ひじょーに残念ですが( ̄▽ ̄)

     

    とはいえ大きく違うことがあります。

     

    それは、

    そのだめな自分も大切な自分の一部。

    こう思えるようになったこと。

     

    ことわざにある

    「ばかな子ほどかわいい」

    っていうやつではないでしょうか(o^^o)

     

    最後に、

    今回の事例をお伝えした目的は、

    つらくても過去に向き合いましょう!

    ということでは全くありません。

     

    誰にもこういった仕組みで

    生きづらさが生まれるということ。

     

    人生がうまくいかないのは

    「自分がダメだから」ではないこと。

     

    それなりの背景が必ずあるということ。

    だから自分を責める必要はないということ。

     

    そんなことをお伝えしたかったのです。

     

    このメルマガを読んでおられるあなたは

    おそらく子育て真っ最中だと思います。

     

    もしそうであれば

    「ダメじゃない親になる」を目指すのではなく、

    「ダメな部分も自分の一部」と自分を許せる工夫を

    してほしいと願っています。

     

    あなた自身が生きづらさから卒業できますように。

    そのお陰でお子さんが子どもらしく生きられますように。

    そのうえで親子のつながりを楽しめますように。

     

    心からそう祈っています。

     

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

     

     

    2018年07月27日(金)

    存在の恥シェイム

     

    ======================================

     『子育てのイライラをリセットする3つの秘訣』

     無料動画公開中です。

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    高澤信也です。

     

    今日のテーマは「シェイム」。

     

    訳すと「恥」ですが、

    ここでいう恥は行為に対する恥ではなく、

    自分という存在に対して感じる恥のこと。

     

    トラウマ(PTSD)などにも大きく

    関わっているといわれる感情です。

     

    シェイムの特徴

    ところでこのシェイム君。

     

    実は自分も周りも気づきにくいんです。

     

    なぜなら恥なだけに

    「穴があったら入りたい」

    ですから。

     

    そうです。

    隠れるんです。

     

    どうやって?

     

    いろんな蓋を使って隠れるんです。

     

    怒りをつかって蓋

    すごい自分になることで蓋

    超絶的に頑張ることで蓋

    感情を麻痺させて蓋

    お酒やギャンブルなどより強い刺激で蓋

     

    でもこれ

    隠してるだけなんで

    シェイム君はどこにもいってません。

     

    苦しいままです。

     

    むかしのわたし

    などど支援者テイストで書いている

    私ではございますが、以前はそれこそ

    シェイム君にやられっぱなしでした。

     

    「自分はダメじゃない!」

    って隠すことに必死。

     

    過剰に頑張って何でもできる自分になろうとしたり、

    助けが欲しくてもSOS出さなかったり、

    自分の弱みは絶対に見せなかったり。。。

     

    でもですね、

    これすべてうまくいきませんでした(涙)

     

    ではどうすればよかったんでしょうか?

     

    シェイム君とのおつきあい

    まずは

    シェイム君はここにいる!

    という現実を認めること。

     

    どんだけ隠したって

    そこにいるわけですから。

     

    潔く認めることからスタートです。

     

    そのあとはいろいろ。

     

    *不完全な自分に慈悲を与える(ゆるす)

    *外からのスリコミの恥は「いらん!」

     って言ってぽいっと捨てる

    *親密な繋がりをもつ(愛着システム起動!)

    などなど。

     

    色々とやってきたお陰で、

    シェイム君が出てくることは

    今ではほぼほぼなかったわたくし。

     

    それがなぜか本日

    ドカンと急に出現(;・∀・)

     

    やばい!と思って

    いろいろやりました。

     

    まずはセルフコンパッション(自己慈悲)。

     

    しかし歯が立たず。

    今回のはデカい!やばい!

     

    次は再決断療法の感情処理。

     

    これで多少下がるも下げ止まり。

     

    つづいてトラウマワークで学んだ

    姿勢のチェンジ。

     

    これでまた少し下がるもまだまだ。

     

    ありゃまあ困ったなあと思いながらも

    そのままシェイム君を受容。

     

    すると少しまた落ち着き。

     

    その落ち着きのお陰で

    基本のきを思い出しました。

     

    そう

    「今、ここ」

    につながるためのグラウンディング。

     

    足の裏をしっかり地面につけ、

    そこに意識を強く向けました。

     

    するとなんと、

    まるで体内の電気が放電するみたいに

    足の裏から地面にビリビリした感覚が

    流れ出した感じがしてびっくり!

     

    しばらくそのままにしていると

    無事放電(?)は終わったようで、

    気づけばシェイム君はどこかに

    去って行っておられました<(_ _)>

     

     

    どうして今日現れたのか不明ですが、

    まだまだ自分にOKを出す余地が

    あるというサインなんでしょうね。

     

    自分を受け容れ

    慈しみ

    いたわっていくって、

    きっと一生つづくプロセスかもしれません^^

     

     

     

     

     

     

     

    生きとし生けるものが幸せでありますように。

    2018年06月19日(火)

    きょうの失敗:自分にできてないことやれって言ってた

     

    おはようございます。

    高澤信也です。

     

    なぜかしら昨日からブログの

    画像が反映されていません。

     

    殺風景な感じで寂しくありますが

    なにとぞご容赦ください。

     

    ところで。

    昨日に引き続きやらかしました_| ̄|○

     

    きょうの失敗

    昨日の鉛筆事件(汗)を

    ひとり夜中に思い返しておりました。

     

    そこで思い出したことは

    自分もおくさんから毎回

    「これ、やっといてね」

    と言われていることがあったこと。

     

    それは

    次回からは言われなくてもやる!

    という約束だったけど

    言ってもらわないとやれてなかった…。

     

    あ、息子と一緒。

     

    それなのに、ああそれなのに、

    私は息子に偉そうに威張って

    「約束やけん、守らないかんやろ!」

    などとのたまっていたわけで 汗

     

     

    「しんどい」の仕組み

    【出来事(状況)】

    そのことに気づいたとき

     ▼

    【感情】

    恥(シェイム)

     

     

    昨日は罪悪感できょうは恥。

     

    恥も罪悪感と同じで

    自分が自分のルールを破ったサインです。

     

    ルールを探りました。

    結果、昨日と同じものでした(;^_^A

     

    ということで

    今日はルール以下は割愛です。

     

    その代わりに。

     

    子どもに「あるもの」と「ないもの」

    あなたは相手(子ども)の

    「ないもの」を見ますか?

    「すでにあるもの」を見ますか?

     

    たとえば私のばあい

    「約束を破った」

    を見ていればそれは

    「ないもの」

    を見ていることになります。

     

    だから腹が立つ。

     

    反対にある

    「すでにあるもの」

    を見てみますね。

     

    すると、見える見える!

     

    *生きていてくれる

    *笑ってくれる

    *話してくれる

    *元気に過ごしてくれる

    *学校行ってくれる

    *友だちと遊んでくれる

    *感情を表現してくれる

    ほかにもたくさん。

     

    あと

    *寝顔が超かわいい♪

     

    こんなことに思いがいたったのが

    今朝の4時前。

     

    有難さのあまり眠れなくなって

    ずっと息子の寝顔を見つめていました(涙)

     

    そこで感じた感情は

    感謝

     

    なんともここちよい気分でした(#^^#)

     

    生きやすさのコツ

    これって

    親子関係に限らないですね。

     

    自分との関係でも同じこと。

     

    自分の「ないとこ」を見れば

    落ち込んだり、恥ずかしくなったり。

     

    いっぽう「あるとこ」を見れば

    そんな自分を有難く感じられる。

     

    ゆるし

    って回復にはとても大切といわれます。

     

    誰だって

    「ないもの」は無数にあります。

     

    それを嘆いてもしょうがないんですよね。

     

    だって

    ないものはない!

    わけですから。

     

    そんなないものだらけの自分を

    ゆるせるとすごく楽になります。

     

    そのうえで

    「今あるもの」

    に目が向くと、

    自分を受け入れられます。

     

    まとめるとこんな感じ。

     

    「確かに自分には

    あれもないしこれもないなぁ」

     

    「他人はどうあれ

    自分にないもんはないもんなぁ。

    そりゃそうだよねぇ」

     

    「どんなに嫌がっても

    それが自分なわけだし」

     

    「とはいえまあ生きてるし。

    自分なりにやってることもあるし」

     

    「そう思うと

    自分もよくやってるのかな?」

     

    「とりあえずいまは

    そういうことにしとこう♪」

     

    不完全な自分をゆるせると

    そんな自分に感謝できます。

     

    それができると

    不完全な他者をゆるせるようになり、

    「あるもの」を見て感謝できるようにも。

     

    お釈迦さまがおっしゃった

    *まず自らを調えよ

    ほんとに大事なんですね。

     

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

    2018年05月30日(水)
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