アダルトチャイルド(アダルトチルドレン)支援センター 福岡【トリフォリ】

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    こんにちは。

    高澤です。

    2018年10月11日(木)のブログです。

     

    【目次】

    1.12ステップとは
    2.ACが受け容れるべき無力
    3.共依存
    4.コントロールの目的
    5.第一ステップから始める

     


    1.12ステップとは

    突然ですが

    「12ステップ」

    というものをご存知ですか?

     

    AA(アルコール依存の自助グループ)を

    始めとしたアディクション(※)

    自助グループで用いられる回復のステップです。

     

    (※)アディクション

    アルコール、薬物、ギャンブルなどへの依存行為を意味します。

    一見問題行動に見えますが、いずれも「心の平安」を保つための自助言わばストレスコーピングです。

     

    このステップに沿って進んで行くと

    着実に回復していけるというステップです。

     

    その第一ステップは

    自分は無力であること

    を受け容れることから始まります。

     

    無力とは

    ・人より劣っている

    ・能力が低い(ない)

    といった自己批判ではありません

     

    自分を強迫的に駆り立てるものに対する

    「無力さ」の表明であり、

    それを受容することを意味します。

     

    アルコール依存であれば

    アルコールに対して自分は無力であることを。

    ギャンブル依存であれば

    ギャンブルに対する無力さ。

    性依存であれば

    セックス(衝動)に対する無力さ。

     

    これを受け入れて初めて

    次のステップへと進めます。

     

    ではACが受け入れるべき

    無力

    はなんでしょうか?

     

     

    2.ACが受け容れるべき「無力」

    ACの自助グループであるACAによると、

    ACの12ステップの最初のステップは

    「アディクション」

    に対する無力さを受け容れるとなっています。

     

    でもAC当事者の中には

    アルコール、ギャンブル、薬物、

    食べ物、セックス、仕事、虐待(DV)、

    その他もろもろの物・事・行為にも

    依存していない方がたくさんいます。

     

    では何に対して無力なのでしょう?

     

    ヒントはAC当事者が抱える問題の

    中核とも言える「共依存」にありました。

     

     

    3.共依存

    下の定義はウィキペディアからの引用です)

    (一部削除、修正しています)

    共依存とは、自分と特定の相手がその関係性に過剰に依存しており、その人間関係に囚われている関係へのアディクション(嗜癖)を指す。

    すなわち「人を世話することへの依存」「愛情という名の支配」である。

    共依存者は、相手から依存されることに無意識のうちに自己の存在価値を見出し、相手をコントロールし自分の望む行動を取らせることで、自身の心の平安を保とうとする。

     

    話を「無力」に戻します。

     

    ここから

    「ACが受け容れるべき無力」

    が何かがわかります。

     

    それは

    他者

    に対して無力であるということ。

     

    共依存とは、

    アルコールや薬物等の代わりに

    「人」を使って自分の心に平安

    をもたらそうとするものです。

     

    しかし他者は思い通りになりません。

     

    どんなに思い通りに動かそうとしても、

    自分自身がそうならないことと同じく、

    相手もそうなるはずがありません。

     

    共依存というテーマにはいつも

    コントロール

    の問題が付きまといます。

     

     

    4.コントロールの目的

    人はコントロールできないのに、

    なぜコントロールしようとするのか。

     

    それはざっくり言えば

    人が怖い

    からではありませんか?

     

    ・傷つけられる恐怖

    ・怒りを向けられる恐怖

    ・嫌悪される恐怖

    ・拒絶される恐怖

    ・侮辱される恐怖

    ・粗末に扱われる恐怖

    ・侵入・支配される恐怖

    ・疎外される恐怖

    などなど

     

    そう。

    人が怖いんです。

     

    怖いからいてもたってもいられない。

    何とか安心安全を手に入れたい。

    そのためには相手に変わってもらうしかない。

     

    そうやって私たちは人を

    強迫的にコントロール

    するようになったのでしょう。

     

    共依存はそのコントロールが

    人の世話

    になっているので自他ともに

    気づきにくいものですが。

     

     

    5.第一ステップから始める

    まとめてみます。

     

    ACが受け容れるべき無力は

    アディクション。

     

    物や事に嗜癖(依存)していなくても

    ACは「他者」に嗜癖している。

     

    それを共依存という。

     

    その共依存が受け容れるべき無力は

    他者に対して無力であること。

     

    言い換えれば

    コントロールを手放す。

     

    ではなぜそもそも

    コントロールに嗜癖したか。

     

    それは

    人が怖い

    から。

     

    そうなんです。

    人が怖くて一生懸命他者を思い通りに

    しようとしてきたのです。

     

    それはきっとそうでもしなければ

    心の平安

    なんてとうてい手に入らない

    過酷な子ども時代があったのでしょう。

     

    ●従順ないい子になったり

    ●できる子になろうと必死に努力したり

    ●気持ちを訴えず我慢したり

    ●家の空気を軽くしようと道化を演じたり

    ●迷惑をかけないよう存在を消したり

    ●親の感情の面倒をみてあげたり…

     

    自分のことを後回しにしながら。

     

    そうすることによって

    ほんの少しでも「わが家」に

    平穏をもたらしたかったのでしょう。

     

    そんな子ども時代の悲しみを

    癒すためにも、まずは最初の一歩、

    「わたしは人が怖いんだ」

    を腹の底で受け容れること。

     

    ここから回復への道が始まります。

     

    ・・・・・・・

     

    え?わたし?

    恥ずかしながらこれを受容するのに

    かなりの時間を費やしました(汗)

     

    うすうす気づいたのが小学生のとき。

    やっと白旗上げて受け容れられたのは

    そのずっとあとの20代後半(笑)

     

    それまでは

    「俺様は何も怖くねーぜー!!」

    って否認バリバリでした_| ̄|○

     

    それが白旗上げたお陰でそこから

    回復の旅を始めることができました^^

     

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

     

     

    2018年10月11日(木)

    愛情と執着

    こんにちは。

    高澤信也です。

     

    今日のブログの内容は

    子育て応援メルマガに載せたものを

    一部修正して載せています。

     

    それでは以下、本文です。

     

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

     

    突然ですが

    「あなたはわが子を愛していますか?」

     

    多くの親御さんの答えは「イエス」だと思います。

     

    ですが、もしその愛がかえって

    わが子を苦しめているとしたら・・・。

     

    今回はそんなお話です。

     

     

     愛が子育てを妨げるとき

    親子関係に限りませんが、

    近しい関係性のおいてその関係を損なうものは

    ほとんどが次の3つの要因によります。

     

    1)欲(執着)

    愛着に囚われ相手との境界線を越えた状態

    (極端なものは“二人で一人”のニコイチ)

     

    2)怒り

    思い通りにならない他者に「変われ!」を望む感情

     

    3)無智

    その場の感情的判断に流され、

    自分の行為の結末を賢明に判断できない状態

     

     

    これを子育てになぞらえて考えてみます。

     

    ちょっと表現がどぎついかもしれませんので

    その点あらかじめご容赦ください。

     

    <追記>

    子育て中の方は

    下記をそのまま読んでもらうとよいです。

     

    AC当事者の方は「わが子」を「(大切な)相手」に、

    「親」を「自分」に読み替えてみてください。

     

    援助職の方は「わが子」を「相談者」に、

    「親」を「自分」に読み替えてみてください。

     

    ・・・・・・・

     

    【欲/執着】

    わが子が可愛いあまり、過剰に子どもを

    甘やかしたり過度に世話をしたりする。

     

    「かわいそう」

    「嫌な思いをさせたくない」

    「代わりにやってあげなきゃ」

    のように。

     

    しかしこのとき自分でも

    意識できていない真の求め(欲)は

    「子どもから愛されたい」

     

    それを満たすために子どもを過保護に扱う。

    だから執着してしまう。

     

    そして叱ることが必要な場面でも、

    子どもが嫌がるからと必要なことが言えなくなる。

     

    ・・・・・・・

     

    【怒り】

    しかしどんなに子どもに執着しても

    子どもは「自分らしく」あろうとする。

     

    その子のありようは執着する側からすると

    「私を愛していない」

    という痛みの感覚をもたらし、

    思い通りにならない子どもに怒りが湧いてくる。

     

    この怒りが直接子どもに向いたとき、

    子育てが侵入的、操作的、支配的なものへ変容していく。

     

    その先では虐待にまで至る可能性もある。

     

    一方、子どもが思うようにならない責任を

    他者に向けることもある(むしろ多い?)。

     

    たとえば児童期であれば、

    思い通りにならないわが子のありようの責任を

    「学校が悪い」「教師が悪い」

    といった具合に。

     

    矛先こそ代わっても、

    結局は「思い通りにならない」から来る怒り。

     

    ・・・・・・・

     

    【無智】

    わが子に執着し、

    湧いてくる怒りに囚われている状態では

    人の理性は健全に機能しない。

     

    自分の行為がどのような結果を招くのか。

    自分の行為が真に子どものためになるか。

     

    そういった大切なことが理性ではなく

    感情で判断されてしまうから。

     

    それはまるで体重計で身長を測るようなもの。

    うまくいくはずがない。

     

    つまり、わが子に執着し、怒りに囚われるほど

    無智な自分と化し、

    自分の行い自体が結果的に子どもを苦しめる…

    という不幸な結末を招いてしまう。

     

     

    「愚者の慈悲」

    ここでは子育てになぞらえてみましたが、

    こういった状態は子育てに限りません。

     

    人と情緒的にかかわる場では頻繁に見られるものです。

     

    むしろ私たちのような援助職においては

    子育て場面以上によく見受けられるようです。

     

    「かわいそう」

    「なんとかしてあげたい」

    「私がやってあげる」

    「あなたを苦しめる人はひどい人。許せない」

    「あなたは何も悪くない。何の責任もない」

     

    一見とても“やさしい”関わりですが、

    こういった関わりを続けた結末は見えています。

     

    「依存」です。

     

    つまりこれは支援ではなく、

    本人の「自立する力」を奪うかかわり。

     

    これは仏教で言うところの

    「愚者の慈悲」

     

    相手が「かわいそう」だからと手を貸してあげる。

    しかしその行為自体が結果的には相手を害してしまう。

     

    これを愚者の慈悲と言うそうです。

     

    過保護が「やさしい虐待」

    と言われる所以はここにあるようです。

     

     

     愚者の慈悲から真の慈悲へ

    話を子育てに戻しましょう。

     

    私たち親は

    わが子を真に大切に思えばこそ

    ・執着

    ・怒り

    ・無智

    とは反対の子育てをしていきたいものです。

     

    それはたとえば

    自分のことは自分で満たし

    (親が自分で自分を幸せにする、という意味です)

     

    わが子は思い通りにならないという真理を受容し

    (変えられるのは自分だけ、という言葉があります)

     

    何がわが子の「真の助け」になるかを熟慮する

    (自立と調和が子どもの生きやさのカギです)

     

    …といったこと。

     

    そのためにはいろんなことに

    耐えることも必要です。

     

    どんなに子が愛しかろうと、

    子育てで重要視すべきは

    親の期待よりわが子の成長。

     

    まさに慈悲の心ですね。

     

     

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・

     

    …などと言っている私ですが、

    自分こそまだまだ道の途中です。

     

    残念ながら昨日も息子を

    「叱る」ではなく「怒る」

    をやってしまいました…(涙)

     

    はい。

    頭では承知しております。

    それは欲が招いた怒りであると(汗)

     

    子育てという名の修業(特訓?)は

    まだまだこれからもつづいていくようです。

     

    良ければあなたもご一緒しましょう^^

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

    2018年10月02日(火)

    「相手を正したい!」

     

    トリフォリの高澤です。

    1ヶ月ぶりの更新です。

     

     

    国試の勉強やら

    私的な事情やらが重なり、

    気づけば間が空いておりました<(_ _)>

     

     

    ところで、今日のテーマは

    「相手を正したい!」

     

     

    たとえば夫婦、彼氏彼女、親子、

    職場の同僚、友人など他者との関係で

    主張や言い分がかち合ったとき、

     

    「自分は正しい!」

    「相手が間違っている!」

     

    なんて思うときはないでしょうか。

     

     

    私はちょいちょいあります(汗)

     

     

    人は自分が正しいと思うと、

    つい反射的に相手の間違いを

    正したくなることがあります。

     

     

    【仕組み】

    人が自分と異なる意見(価値観)を

    主張したり、そう行動したり。

    「相手は間違っている!」

    <怒り>や<不満>

    間違いを指摘して

    正そうとする

     

     

    これ、たとえば

    Yahoo!ニュースのコメント欄とかに

    いっぱい載ってますよね。

     

     

    一見正義のコメント集のようで、

    よくよく観ると自分とは

    違う

    価値観に対する批判の数々。

     

     

    このように

    「相手は間違っている」と捉え、

    反射的に相手を正そうとすることを

    間違い指摘反射

    と呼びます。

     

     

    この間違い指摘反射、

    「自分は正しい!」

    とやっている側は思っている状態なので、

    「相手のためにいいことした!」

    なんて思うこともあるかもですね。

     

     

    ですが、これ、

    やればやるほどいろんな

    副作用が起こりがちです。

     

     

    特に相手との関係を今よりも

    良くしたいと願う人にとっては

    致命的ともいえる副作用です。

     

     

    それはたとえば

    ●相手との関係が悪くなる

     

    ●相手の反発心を招く

    (下手するとそのままバトルになる)

     

    ●言われ続けた相手は自信喪失する

    (すると相手の行動の目的が「より良くなるため」

    ではなく「怒られないため」になる)

     

    ●指摘する癖が強まるほど自分の怒りが増幅する

    (すると心臓や脳に負担がかかる)

     

    などなどです。

     

     

    関係をよくしたいのに、

    やっていることで悪くなってしまう、、、

    では本末転倒になっちゃいます。

     

     

    ではどうしましょう。

     

     

    とにもかくにもスタート直前には

    相手の「間違い」が目についているはず。

     

     

    ですからその直前の瞬間の

    1)体の反応(変化)に気づく

    (カッとなるとか力が入るとか)

     

    そのうえで

    2)間違い指摘反射をグッとこらえる(封じる)

    (根性あるのみです 汗)

     

     

    そして相手の行動が不適切であっても

    その「間違い」を指摘することなく

    3)そっとその場を去る

     

     

    これを実践することを想像するだけでも

    きつい感じが伝わるのではないでしょうか。

     

     

    ちなみにこの課題、

    子どもに怒りがちな親御さん、

    パートナーとの葛藤ある方など、

    現在トータルで8名の方が取り組んでいます。

     

     

    名付けて

    間違い指摘反射ストップ大作戦!

     

     

    ちなみに取り組み中のうちの1人は、、、

    私です( ̄▽ ̄)

     

     

    結構大変な取り組みではあるものの、

    やっているうちにいろんなことに

    気づけます。

     

     

    さらに得られるメリットもありました。

     

     

    それが何かは

    敢えて秘密にしておきますね。

     

     

    よろしければあなたも

    9人目の仲間になってみませんか^^

     

     

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

     

     

    2018年09月17日(月)

    不安のしくみ

     

     

    こんにちは。

     

    トリフォリ内

    福岡ペアレンティングスクールの

    高澤信也です。

     

    最近動画に目覚めまして、

    3分くらいの短い動画を50本くらい

    アップしようと目論んでおります。

     

    とはいうものの、

    1ヶ月後には心理師の試験。

     

    わたくし残念にも

    勉強停滞の崖っぷち状態( ̄▽ ̄)

     

    ということで今日は(も)勉強ギブアップして

    隙間時間に動画をひとつアップしました。

     

    テーマは「不安のしくみ」

     

    不安ってどんなふうに湧いてくる?

    どんな対処をするといいの?

     

    深く突っ込んだ内容ではないですが、

    軽く取り組めそうな提案もお伝えしてます。

     

    よろしかったらどうぞご覧ください。

     

     

     

    チャンネルURL https://goo.gl/9ARfZ8

     

     

    2018年08月03日(金)

    不安を感じたくない!

    こんにちは。

    高澤信也です。

     

    今日のテーマは過度な不安について。

     

    日常生活の多くを不安に苛まれ、

    それに困っている方のご相談は少なくありません。

     

    ではなぜそんなに不安になるのか?

    なぜそれが繰り返されるのか?

     

    それを事例でご紹介します。

    (ある特定の方の事例ではないことをご理解ください)

     

    事例:A子さんとB子さんの現状

    【A子さんの事例】

    人の中にいるとすぐ不安になる。

     

    「批判されるんじゃないか」

    「拒絶されるんじゃないか」

     

    そんなセリフが頭をよぎっては

    居ても立っても居られなくてその場から逃げる。

     

    こんな状態だから人の力を借りることもできず、

    自分一人では困難のことであっても自力だけで

    なんとかクリアしようと頑張る。

     

    そんなことを繰り返してきたそうです。

     

    ・・・・・・・・・

     

    【B子さんの事例】

    A子さんとは反対に

    ひとりでいるとすごく不安になる。

     

    不安が湧くと自分では対処できず、

    友人や家族や同僚をすぐに頼る。

     

    話を聞いてもらうとその時は落ち着くものの、

    似たような状況になるとまた不安に襲われる。

     

    そしてまた人を頼る。

    こんなパターンの繰り返し。

     

    ・・・

     

    このお二人、パターンこそ大きく違っても

    訴えは全く同じものでした。

     

    「不安を感じなくなりたいんです!」

     

     

    不安の原因

    ところでこのお二人、

    どうしてこんなに不安が強くなったのでしょう。

     

    まずはA子さん。

     

    子ども時代の話を聞くと、

    両親ともに虐待的だったそうです。

     

    事あるごとに怒鳴ったり叩いたり。

    その理由もよく分からなかったそうです。

     

    この環境で生き延びるために、

    子ども時代のA子さんは常に

    「安全か?危険か?」

    にアンテナを張り続けていました。

     

    その結果いつも

    「何か嫌なことをされるんじゃないか?」

    と予測するクセがついていたようです。

     

    なかなか人を信じることができない。

    だからいつも不安だったわけです。

     

     

    次にB子さん。

    子ども時代の話を聞くと、

    別に虐待があったわけではない。

     

    むしろ反対に過保護であったと。

     

    そんな環境であれば

    A子さんのようにアンテナを張らずに済みます。

     

    ただその一方で「自分の世話(ケア)を自分でする」

    ということに取り組む必要がなくなります。

     

    たとえば不安になっても

    親がその不安を肩代わりしてくれたりします。

     

    これは一見良い関わりのようですが、

    子どもが「自分で自分のケアをする」

    という練習をする機会が失われています。

     

    自分のケアには

    *感情のケア

    という大切なものも含まれています。

     

    つまり、

    過度の肩代わりによりセルフケアの力が育たず、

    その結果自分で不安を処理できなくなったわけです。

     

     

    ふたりの共通点

    訴えは同じでも

    現状も原因もかなり異なるA子さんとB子さん。

     

    ですが大きな共通点もあります。

     

    それはどちらの親も

    *子どもの力を信じて委ねる

    というかかわりが不足していたこと。

     

    この信頼はすごく大切ですが、

    親の力量が問われるかかわりでもあります。

     

    なぜ大切かというと

    これが子どもの2つの

    *じりつ

    を育てるから。

     

    ひとつは「自律」を。

    もうひとつは「自立」を。

     

    残念ですが、

    A子さんもB子さんも子ども時代に

    *じりつ

    のタネをもらってなかったんですね。

     

     

    不安にどう対処すればいい?

    さて、

    現状も原因も異なるA子さんとB子さん。

     

    対処ももちろん異なってきます。

     

    A子さんに必要なことは

    「人は思うほど悪い人ばかりじゃない」

    「自分を大切にしてくれる人もいる」

    なんてことが少しずつ信じられるようになること。

     

    一方B子さんに必要なことは

    「自分にだって力はある」

    「ひとりで生きていくことだってできる」

    なんてことが少しずつ信じられるようになること。

     

    行動面では

    A子さんは人を頼ることが大切。

    B子さんは反対に「自分のことは自分で」が大切。

     

    不思議に見えるかもしれませんが、

    たとえ訴えは同じであっても

    まるで正反対のことが助けになるわけです。

     

     

    まとめ

    不安はとっても不快な感情。

    だけど「何を備えればいいか」を教えてくれる

    とても大切な感情。

     

    不安を消すための努力は、

    解決すべきことを見えなくしてしまいます。

     

    不安の対処で大切なことは

    不安を「消す」「避ける」ではありません。

     

    不安という感情を抱え(味わい)、

    そこから「何が必要か」を学び、

    不安という感情を消化することを経て

    必要なものを行動により備えていく。

     

    その先には不安の正反対の

    *安心

    が待っています^^

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

    2018年07月31日(火)
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