アダルトチャイルド(アダルトチルドレン)支援センター 福岡【トリフォリ】

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  • 恋愛依存の禁断症状 @12月13日

     

    こんばんは。

    たかざわです。

     

     

     

    数か月前のことですが、

    卒業したクライエントさんが

    数年ぶりに顔を見せに来てくれました。

     

     

     

    名前を仮にマイコさんとします。

     

     

     

    マイコさんは来談当初は誰ともつながれず、

    生きづらさ満載でとても苦しい状態でした。

     

     

     

    それがいざ回復への取り組みに着手すると、

    逃げ出すことなく自分の課題として引き受け、

    臆することなくチャレンジをつづける雄姿。

     

     

     

    一足飛びで変化成長していくその姿には

    いつもこちらが勇気づけられました。

     

     

     

    孤立して生きてきた状態から、

    気づけば知人、友人、さらには

    親友というつながりまで育んだ彼女。

     

     

     

    そしてとうとう

    異性との交際という親密関係へ。

     

     

     

    恋愛は素晴らしいものですね。

     

     

     

    しかしそんなマイコさんに

    大きな壁が立ちはだかります。

     

     

     

    それは、、、

    恋愛依存でした。

     

     

     

    まだこの時は心に空いた穴が十分に

    ふさがっていない状態。

     

     

     

    そして偶然か必然か、

    心の穴は相手も空いていたのです。

     

     

     

    マイコさんの例に限らず

    心に穴が空いた者同士の恋愛は、

    時を経るごとにお互いをひどく

    傷つけあうことが少なくないのです。

     

     

     

    暴言や暴力に至ることも珍しくありません。

     

     

     

    「離れたくても離れられない」

    「離れたくないのに離れないと傷つく」

     

     

     

    そんな矛盾をはらんだ関係を続けていけば、

    状況は徐々に悪化の一途をたどります。

     

     

     

    そして進退窮まったとき、

    「遠ざかる」という選択によって

    苦しみから解放されればいいのですが、

    その先には次の苦しみが待っています。

     

     

     

    離脱症状(禁断症状)です。

     

     

     

    恋愛依存もほかの依存症同様、

    対象から離れずに抜け出すことは困難です。

     

     

     

    とはいえ離れたら離れたで

    ほかの依存症同様に禁断症状が起こります。

     

     

     

    水が尽きて砂漠を彷徨う人が水を渇望するように、

    四六時中依存対象のことで頭がいっぱい。

     

     

     

    それと同時に愛しているけど

    自分をひどく傷つけてきた相手への

    強い怒り(憎しみ)も併存します。

     

     

     

    恋愛依存症の禁断症状は、

    渇望と憎悪が併存するという

    筆舌に尽くしがたい苦しみです。

     

     

     

    しかしここを抜けて初めて、

    ほんとうの回復への道が開けてきます。

     

     

     

    恋愛依存症者にとっては

    恋愛は心の穴を埋めるための借り物。

     

     

     

    いわば

    痛みを和らげる鎮痛剤

    みたいな役割です。

     

     

     

    一時しのぎにはなっても、

    本質的に満たされることはありません。

     

     

     

    では本質的に満たしてくれるものって

    いったいなんなのでしょう。

     

     

     

    それはたぶん子どもの頃に

    ほしかったのにもらえなかったもの。

     

     

    気にかけてもらうこと

    守ってもらうこと

    気持ちをなだめてもらうこと

    家の中を安全に保ってもらうこと

     

     

     

    心に空いた穴(痛み)は

    一時的には鎮痛剤の力を借りながらも、

    いずれは本来そこに入るべきもので

    満たしていきたいものですね。

     

     

     

    それでこそ

    渇きも癒えるというものです。

     

     

     

    ところで今回の事例のマイコさん。

     

     

     

    しっかり禁断症状を乗り越え、

    心の穴も自分の手でケアし、

    その後卒業の時期を迎えます。

     

     

     

    すると神さまがそれを祝福するかのように

    すばらしいパートナーとの出会い。

     

    そして結婚。

     

     

     

    それから数年を経て

    久しぶりに会った彼女のおなかは

    大きくなっていました。

     

     

     

    援助職ってけっこうしんどいですが、

    こんな素晴らしい体験もさせてもらえます。

     

     

     

    ほんとうにありがたいです。

     

     

     

     

     

    追伸

    これからも私はここにいて

    ずっとあなたたちの幸せを祈っています。

     

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

    2018年12月13日(木)

    ぷちマインドフルネス @12月10日

     

    こんばんは。たかざわです。

     

     

    突然ですがここ数年はやっている

    マインドフルネス

    というものをご存知でしょうか。

     

     

    人が悩んでいるときって、

    意識がいろんなところに

    取っ散らかっております。

     

     

    ひとつは「過去」。

     

     

    まだ処理が終わっていない

    人からされた嫌な体験に意識が向けば

    それは恨みとなります。

     

     

    未完了の自分の失敗に意識が向けば

    それは後悔や落ち込みとなります。

     

     

     

    次は「未来」。

     

     

    まだ訪れていない未来を憂えると

    それは不安や憂うつになります。

     

     

     

    更には「人の頭の中」。

     

     

    「こう思われているんじゃないか?」

    「こう言われているに違いない!」

     

     

    こんなふうに人の頭の中を

    ネガティブに読み取っていると

    それは不信感や猜疑心となります。

     

     

     

    もひとつ「自己イメージの中」。

     

     

    「私はダメな人間」

    「誰からも好かれない」

    「誰からも必要とされない」

     

     

    こんなセリフを鵜呑みにしてしまうと、

    自分を恥じてしまいます。

     

     

     

    マインドフルネスな状態とは、

    過去やら未来やら人の頭のなかやらに

    意識が飛んで行ってしまうのとは

    正反対の状態。

     

     

    意識(注意)が現実である

    「今、ここ」

    に留まっている状態です。

     

     

    意識があっちこっち旅立っても、

    「今、ここ」に戻ってこれたら

    人の心は平安でいられます。

     

     

    それを練習して身につけよう!

    というものが

    マインドフルネス・エクササイズ

    です。

     

     

    とてもパワフルなワザですが、

    即効性がないので地道な練習が

    必要、、、ってのがちょっと難点。

     

     

    で、わたしが個人的にふだんやっている

    マインドフルネス(的?)な口ぐせを

    参考までにご紹介します。

     

     

    自分に含み聞かせるように

    やさ~しく言ってあげてます( ̄ー ̄)ニヤリ

     

     

    個人的にはこれだけでも

    そこそこ役立ってて助けられてます☆彡

     

     

     

    *怒りをかんじたときの口ぐせ

    →「人は思い通りにならんもんねぇ」

     

    ご存知の通り、

    他者を思い通りにはできませんものね。

     

     

    *不安をかんじたときの口ぐせ

    →「先のことはわからんもんねぇ」

     

    これまた同じく、

    未来も望み通りに変えるなんて無理ですもの。

     

     

    *過去を嘆いたときの口ぐせ

    →「時間は巻き戻せんもんねぇ」

     

    これも同じ。

    終わった出来事はどうにもできないですね。

    (捉え方は変えられますけどね)

     

     

    *自分嫌いが発動したときの口ぐせ

    →「人間には限界があるけんねぇ」

     

    人間は誰だって不完全。

    さっきの3つと同様に

    自分を理想通りの人間にするのは難しいものです。

     

     

    ところで私は締めのセリフとして

    こんなフレーズをちょいと父性的に

    言って自分を諭したりしてます。

     

     

    「気持ちはわかるよ。

    でもさ、変えられんもんは

    変えられんとよ♪」

     

     

    以上、一応書いてみましたが、

    あなたのお役に立つかどうかは

    責任持てませんのでご容赦を(`・ω・´)ゞ

     

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

     

    2018年12月10日(月)

    自分の本質的な欠点 @11月18日

     

    おはようございます。

    高澤です。

     

    今日は回復プログラムの

    12ステップに関するお話です。

     

     

    「変えられないもの」

     

    昨日はグループセラピーの日。

     

     

     

    回復の12ステッププログラムの

    第一ステップである

    無力宣言

    を6人でシェアしました。

     

     

     

    無力宣言とは何かというと、

    「自分に変えられないもの」

    はどうあがいても

    「自力では変えることができない」

    と認める(受け容れる)という意味です。

     

     

     

    では何に対して無力かというと、

    プログラムの言葉を借りれば

    アディクション

    に対して無力、ということです。

     

     

     

    ミスターチルドレンのニューアルバムに

    「アディクション」という曲が

    入っています。

     

     

     

    まさにアディクションのありようを

    端的に表している曲です。

    良かったら聴いてみてください。

     

     

     

    ところでグループで

    「私のアディクション」のシェア後に

    「変えられないもの」に話が及んだ時、

    ひとりのある青年がこう言いました。

     

     

     

    「私は過去とか他人とか

    自分には変えられないものを

    ずっと変えようとしてきました」

     

     

     

    平安の祈りという詩の一節に

    「変えられないものを受け容れる落ち着きを」

    という言葉があります。

     

     

     

    彼はいま自分の人生を振り返り、

    この言葉をかみしめているようでした。

     

     

     

    自分の本質的な過ち・欠点

     

    この第一ステップのしばらくあとに、

     

    ①自分の本質的な過ち・欠点の棚卸し

    ②傷つけた人へ埋め合わせ

    ③日々自分の過ち・欠点を振り返り、

    その過ちが自分の責任に基づくなら

    すぐさま正していく

     

    というステップがあります。

     

     

     

    昨今とくに私はこの③のステップに

    取り組んでいるのですが、

    残念にも同じ欠点にまつわるものが

    昨日は2回発露_| ̄|○

     

     

     

    私のその本質的な欠点は

    他者への配慮の欠如

    でした。

     

     

     

    ひとつめはグループの場面で

    あるメンバーの内省や自助努力を

    認証すべき場面があったのに、

    場を和やかにすることを優先したこと。

     

     

     

    もうひとつは帰宅後に

    息子の言い分を聞かずに

    約束違反について叱ったこと。

     

     

     

    いずれも相手のことを思えば

    違う関りが大切だと気づけるはずなのに、

    自分の目的を優先してしまいました。

     

     

     

    埋め合わせること

     

    欠点に気づきましたので、

    ステップに沿って埋め合わせに

    取り組みました。

     

     

     

    メンバーには直接連絡してお詫びをし、

    本来伝えたかったことをお伝えし、

    許しを請いました。

     

     

     

    さほど気にしておられなかったので、

    こちらの対応に逆に驚いておられました。

     

     

     

    お陰さまで許しをいただきました。

    なんともありがたかったです。

     

     

     

    息子にはさきほど

    言い分を聞かなかったことを詫び、

    それはこちらの問題だったことを

    伝えました。

     

     

     

    お陰さまで

    息子も許してくれました。

    これまた感謝です。

     

     

     

    とはいえ

    謝罪=埋め合わせ

    ではありません。

     

     

     

    日々

    自分の本質的な過ち・欠点をみつめつつ、

    それを改善することに努めること。

     

     

     

    これが埋め合わせになるのだと

    私は思っています。

     

     

     

    一見つらい作業に思えますが、

    実際にやってみるとその都度

    心が軽くなっていきます。

     

     

     

    だって正直に生きているわけですから。

     

     

     

    それだけでなく、

    自分を変えていく勇気

    がむしろ強まっていきます。

     

     

     

    生き方を変えていくこと。

     

     

     

    自分の本質的な欠点を見つめ、

    それを埋め合わせていくことを

    実際やっていくと、、、

     

    *自分の人生を自分で生きている感覚

    *自分で自分をよりよくしている感覚

     

    が得られます。

     

     

     

    まさに生きやすい感覚。

     

     

    12ステップおそるべしです^^

     

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

     

     

    2018年11月18日(日)

    「私は〇〇に対して無力」

     

    こんばんは。

    トリフォリの高澤です。

     

     

    ACをはじめ様々な自助グループで

    用いられている12ステップという

    回復プログラムがあります。

     

     

    その第一ステップは

    「私は〇〇に対して無力」

    という無力宣言をすること。

     

     

    この〇〇にはいろんなものが入ります。

     

     

    たとえばアルコール、ギャンブル、薬物、

    セックス、ネットやゲームやSNS、仕事、

    人の世話焼き、などなど。

     

     

    ACの自助グループACAの

    12ステップの〇〇には

    「アディクション」

    と書かれています。

     

     

    アディクションはざっくり言うと

    依存症に近いもの。

     

     

    さきほど〇〇に入るものとして

    書いたものがそれにあたります。

     

     

    〇〇には「他者」の文字が入り、

    その突破に取り組んでいるあるクライエントさん、

    第一ステップを乗り越えるために自分に

    問いかける質問を生み出してくれました。

     

     

    それいいなぁと思って

    私も使わせてもらっております。

     

     

    その問いとは

    人間関係において動揺するたび、、、

     

    1)「相手にどうなってほしいの?」

      と自分のを探索する

     

    2)「それは私に変えられるもの?」

      と自問自答する

     

    というシンプルなものです。

     

     

    この方、それ以前は

    「なぜわかってくれない?」

    「なぜそんなことする?」

    「どうしたら変わってくれる?」と

    相手を変えるための問い

    ばかりが浮かんでいた状態でした。

     

     

    この方と同じくACの多くが、

    変えられないもの、特に他者を

    変えようとしてきたことで

    人生が行き詰まりました。

     

     

    それでもなかなか

    「私には変えられない」

    が受容できない。

     

     

    これを乗り越えるためには

    工夫が必要です。

     

     

    このクライエントさんの問いは

    それを突破していくうえでとても

    役立つ問いだと思います。

     

     

    あなたもよかったら日常で

    使ってみてくださいませ^^

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

    2018年11月14日(水)

    失敗恐怖 @11月7日

     

    こんばんは。

    トリフォリの高澤です。

     

    突然ですが

    あなたは失敗しても平気ですか?

     

    昔の私は失敗するくらいなら

    「やらない!」

    なんてやってたクチです(^^;

     

    好きではないですがお陰さまで今は

    「人間だもの。まあ、失敗、するわなぁ」

    みたく相田みつをさん(汗)的な感じで

    受け入れられるようになりました。

     

    ということで今日のテーマは

    失敗恐怖

    です。

     

     

    失敗が怖い

    「絶対に失敗したくない!」

     

    ひどく失敗を恐れる人は

    少なくないようです。

     

    失敗とは本来は

    「自分が望む結果に至らなかった状態」

    を指しているだけです。

     

    だったらその結末から学んで

    やり直せばいいだけのはず。

     

    それなのに人によっては

    「人生の終わり」

    「自分は本当にダメだ」

    などと過剰反応する方も。

     

    これだと

    失敗恐怖になるのも理解できます。

     

    とはいえ

    なぜそこまで怖いのでしょうか?

     

    そこで失敗恐怖のタロウさん(仮名)に

    聞いてみました。

     

     

    失敗を恐れる理由

    「どうしてそんなに失敗が怖いんですか?」

    「わからない」

     

    「失敗したらどんなことが起こる気がしますか?」

    「周りから批判されたりバカにされたり」

     

    「それが嫌なんですね」

    「絶対に嫌です!」

     

    「では人から批判されたりバカにされたりする代わりに、

    『本当は』どんな扱いを望んでいるんですか?」

     

    最初は

    「別に責められないなら」

    とか

    「バカにされないなら」

    という返答でした。

     

    しかしここをしばらく

    突っ込んで話し合った結果、

    出てきた答えは、、、

    「自分を大事に扱ってほしい」

    「自分を好きになってほしい」

    「必要だよって言ってほしい」

     

    つまりは承認欲。

     

    大抵の人に承認欲はあるものです。

    もちろん私もございます(汗)

     

    ただしそれが過剰になると

    こんな自分になってしまうかもしれません。

     

    ・人の顔色を伺う

    ・フリをする
    (いい人のフリ、強い人のフリ、できる人のフリ、などなど)

    ・自分で自分に◯をあげられない

    ・自分がどうしたいのか、
     どうありたいのかわからなくなる(自己喪失)

     

    それと今回のテーマ



    失敗を過剰に恐れる、も。

     

    自分の価値判断を他者に委ねても、

    人は望むようには承認をくれません。

     

    にもかかわらずそこを求めすぎると、

    「変えられない他者」

    を変えることがあたかも

    人生の目的と化してしまいます。

     

    これこそがまさに

    「人に振り回されている!」

    という状態。

     

    しんどいものです。

     

     

    自分の人生に責任をもつ

    ということで

    回復に向けて踏み出したい一歩。

     

    それは

    「他者を思うように変えることはできない」

    という事実を受け容れること。

     

    「他者は変えられない」を受け入れた先に

    「変えられるものを変えていく」勇気が

    きっと芽生えてきます。

     

    その勇気が

    私たち自身を変えていきます。

     

    ところで変えられるものとは

    自分自身。

     

    勇気をもって自分を変えていく。

     

    まさに「自分の人生」の

    主人公の座を取り戻した瞬間です。

     

    人は思うように承認をくれません。

    でも自分だったら与えてあげられます。

     

    前者を選べば人に振り回される。

    後者を選べば自分が人生の主人公。

     

    どちらも選べます。

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

    2018年11月07日(水)
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