アダルトチャイルド(アダルトチルドレン)支援センター 福岡【トリフォリ】

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  • 生きにくさの根っこ

     

    こんにちは。

    たかざわしんやです。

     

    今回は、

    生きづらさを抱えた状態で子育てなさっている

    親御さん向けのメルマガを転記しました。

     

    あっさり書くつもりが

    4000字近い長文になってしまって

    自分でもびっくり(@_@;)

     

    それでは本文をどうぞ。

     


     

    こんにちは。

    福岡ペアレンティングスクールの

    たかざわしんやです。

     

    今日のテーマは

    「生きにくさの根っこ」

    です。

     

    私たちは無意識のうちに

    生きにくくなってしまう

    負のプログラムをもっていますが、

    それ自体に気づいていません。

     

    無意識のプログラムの多くは

    子ども時代に形成されています。

     

    そこで今回は私の事例をもとに

    子ども時代の体験~大人になったときの影響

    を時間の流れに沿ってお伝えしてまいります。

     

     

    子ども時代のわが家

     

    今日は週末の夜。

    父が飲みに出かける。

    母がピリピリし出す。

    母の口から父への文句が独り言として漏れ出す。

     

    「ああ、きょうもきっとだめだ…」

     

    絶望的な気持ちになる。

     

    そして深夜、

    タクシーが家の前で止まる音が聞こえる。

     

    「おとうさんが帰ってきた…」

     

    心臓が割れてしまうんじゃないかと

    思えるほど鼓動が早まる。

     

    全身に力が入る。

    何も考えられずからだは固まったまま。

     

    そして父が玄関を開ける。

     

    「機嫌が悪くありませんように!」

     

    祈りが通じたのか、鼻歌交じりだ。

     

    「よかった。あとはおかあさん!

    ぜったいにおとうさんに文句言わないで!」

     

    そう願ったのも束の間、母が父に嫌味を言う。

     

    父の鼻歌がやむ。

    軽い言い争いが始まる。

     

    「神さまお願いします!

    口げんかで終わりますように!」

     

    でもこの祈りは通じない。

     

    ほどなく聞こえてくるのは…

    父の怒鳴り声

    母のわめく声

    ガラスが割れる音

    よくわからない鈍い音

    そして母の悲鳴

     

    その間ずっと神さまにお願いしている

    「おかあさんが死にませんように!」

     

    しばらくして訪れる静寂。

    全神経を研ぎ澄ます。

     

    「おかあさんは生きてる?死んでない?」

     

    母がさめざめと泣く声が聞こえる。

     

    「ああよかった。死んでない!」

     

    自分がこのとき

    恐怖で全身凍りついていることに

    気付く余裕なんてなかった。

     

    母が生きていてよかった。

    思うのはただそれだけ。

     

    翌日階下に降りていく。

    窓ガラスが割れている。

    母の顔に大きなアザがついている。

     

    何事もなかったかのように

    父は黙って朝食を摂り、

    母は黙って食事をつくっている。

     

    昨日のことを聞きたくても聞けない。

    喉がギューっと閉まって苦しい。

     

    重苦しい空気の中でご飯を食べ、

    学校へと向かう。

     

    何年もこんなことの繰り返し。

     

    時には暴れる父に飛びかかることもあった。

    だけど子どもの自分は一発で吹っ飛ばされる。

     

    それだけならまだマシ。

    父は私の(父が思う)愚行にさらに激怒し、

    母を怒鳴る、叩く、蹴る。

    時には髪の毛を掴んで引きずり回す。

     

    助けたくても助けられない。

    そんな力はどこにもない。

     

    かわいそうな母がいたたまれなくて、

    これ以上苦しめたくなくて、

    子どもながらに懸命に頑張る道を選んだ。

     

    それはたとえば

    欲求があっても訴えない。

    悩みがあっても打ち明けない。

    心配事があっても平気なフリ。

     

    助けられないなら

    せめて負担をかけないという生き方。

     

    もっと頑張ったことは

     

    「もう辛い。もう嫌。お父さんと別れたい…」

     

    そう嘆く母の話をたくさん聞いた。

    たくさん励ました。

    自分は大丈夫だから別れていいよと何度も告げた。

     

     

     

    誤って信じ込んだ自滅的信念:スキーマ

     

    母の苦しみを少しでも取り除きたくて

    子どもの自分にできる精一杯を頑張った。

     

    だけど決まってかえってくるセリフは

     

    「お前が小さいから別れられない」

     

    そう言って嘆く母。

     

    繰り返されるこの言葉に絶望し、

    いつしかこんな思い込みを強めていた。

     

    「おかあさんが苦しいのは自分のせい」

    「自分が生きているからおかあさんは苦しいんだ」

    「自分は生きてちゃだめな人間なんだ」

    「生まれてきちゃいけなかったんだ」

     

    この思い込みは心の一番深いところに沈み、

    心の中での「事実」と位置付けられた。

     

    「私は生きる価値のない人間」

    「生きているだけで人を苦しめる欠陥人間」

     

    これがその後の人生に渡って

    影響を与え続ける地雷となった。

     

    ───────────────────────

     

    このように心の奥深くに沈み、

    まるで事実のように機能する思い込み(信念)を

    【(早期不適応的)スキーマ】と呼びます。

     

    先のような体験の中で

    子どもの私が誤って信じ込んだものの一つが

    「私は欠陥人間」

    という漠然としたものでした。

     

    こんなものが自分の中にあると気づくはずもなく、

    それを抱えたまま年を経ていったのです。

     

     

     

    自滅的信念の影響

     

    子どもの私が誤って信じ込んだ

    自滅的信念(スキーマ)はこんなものでした。

     

    「ダメ人間の自分じゃ誰からも必要とされない」

    「必要とされるためには人の役に立たなくちゃ!」

     

    まるで母を助けたかった子どもの自分のごとく

    ・困っている人

    ・苦しんでいる人

    を目にするたびにひどく焦る自分。

     

    その人からの求めもないのに

    「大丈夫ですか?」

    「お手伝いしましょうか?」

    などと声をかけていました。

     

    企業務めをしたときも同じで、

    自分のことはもちろん全力で頑張る。

     

    じゃないと周りに要らぬ負担をかけるから。

     

    それ以上にやっていたことは

    しんどそうな後輩や部下にばかり意識が向き、

    放っておけなくて自ら助けを買って出たり、

    上層部の圧力からの盾になったり。

     

    一見男気のある人間みたいですが、

    行動を後押ししているものは「怖れ」。

     

    苦しんでいる人を放っておこうとすると、

    自分がどうしようもないダメ人間に思えてしまう。

     

    それがとても怖かったんです。

     

    この生き方のお陰でできることは増えました。

    いろんな力も身につきました。

     

    ですが、いくら努力しても

    「自分はダメ」

    という感覚はなかなか消えなかったんですよね。

     

    これがスキーマの根強さだったのでしょう。

     

     

    ほんとうにほしかったもの

     

    ところで

    私が子どもの頃にほしかったものは

    何だと思いますか?

     

    それは

    *愛されたい

    とか

    *褒めてほしい

    とかではありませんでした。

     

    そんなものはもっと後でよくて、

    その時点で望んでいたものはもっとシンプルな

     

    安心安全

     

    日々の暮らしを

    ただ穏やかに過ごしたかった。

    それだけだったんですよね。

     

    全ての子どもには

    感情的なニーズ

    というものがあります。

     

    それはこういったことを

    感覚的に信じられるようになる関わりです。

     

    「私は愛されている」「大切な存在」

    「私には力がある」

    「人は信頼できる」「この世界は安全」

     

    こういったことを信じられたら、

    子どもはもちろん、

    大人の私たちも人生が生きやすくなるって

    想像は容易にできるのではないでしょうか。

     

    ───────────────────────

     

    さて、今回お伝えしたことは

    1)子ども時代の傷つき体験

    2)その体験により誤って生まれる自滅的信念(スキーマ)

    3)その信念によるマイナスの影響

    4)傷つき体験から判明した

     「満たされなかったニーズ(=満たしたいニーズ)」

     

    子ども時代から現状まではトータルで振り返ることで

    *自分を苦しめてきた信念の正体

    *「自分はダメ人間じゃなかった」という気づき

    *本質的に自分を満たしてくれるもの

    に私は気づくことができました。

     

    そのお陰で生きることが

    以前とは比べ物にならないほど楽になりました。

     

    え?

    だったらだめなところは無くなったかって?

     

    いえいえ!

    そんなものはいくらでもありますがな。

    ひじょーに残念ですが( ̄▽ ̄)

     

    とはいえ大きく違うことがあります。

     

    それは、

    そのだめな自分も大切な自分の一部。

    こう思えるようになったこと。

     

    ことわざにある

    「ばかな子ほどかわいい」

    っていうやつではないでしょうか(o^^o)

     

    最後に、

    今回の事例をお伝えした目的は、

    つらくても過去に向き合いましょう!

    ということでは全くありません。

     

    誰にもこういった仕組みで

    生きづらさが生まれるということ。

     

    人生がうまくいかないのは

    「自分がダメだから」ではないこと。

     

    それなりの背景が必ずあるということ。

    だから自分を責める必要はないということ。

     

    そんなことをお伝えしたかったのです。

     

    このメルマガを読んでおられるあなたは

    おそらく子育て真っ最中だと思います。

     

    もしそうであれば

    「ダメじゃない親になる」を目指すのではなく、

    「ダメな部分も自分の一部」と自分を許せる工夫を

    してほしいと願っています。

     

    あなた自身が生きづらさから卒業できますように。

    そのお陰でお子さんが子どもらしく生きられますように。

    そのうえで親子のつながりを楽しめますように。

     

    心からそう祈っています。

     

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

     

     

    2018年07月27日(金)

    してもらいたかったこと

    たかざわしんやです。

    毎日暑い日が続いていますね。

    お体ご自愛下さいませ。

     

    ところで今回は

    生きづらさを抱えたまま子育てしている

    おかあさん・おとうさん向けに発行している

    メルマガの今週号を掲載しています。

     

    ご興味ありましたらご一読ください。

    _________________________________________________

     

    「してもらいたかったこと」

     

    いつもありがとうございます。

    心理教育コンサルタントの高澤信也です。

     

    私はふだん子育て中の親御さんの

    カウンセリングをしております。

     

    その子育ての悩みも、たとえば

    ・「子どもを怒鳴ったり叩いたりしてしまう」

    ・「子どもがかわいいと思えない」

    ・「そばにいたくないと思ってしまう」

    などなどです。

     

    そんな思いを抱えながらの子育て。

    ほんとうに大変だろうと思います。

     

    ではこういった悩みを抱える方って

    人として何かがおかしいんでしょうか?

    ふつうじゃないんでしょうか?

     

    いえいえ、そんなことはありません。

     

    むしろこれをどうにかしたい!

    と思って相談に来られているわけですから、

    そこには間違いなくわが子への愛があります。

     

    にもかかわらず

    怒鳴ったり、叩いたり、愛せない時があったり。

     

    この食い違いの謎、

    駆け出しのころの私には意味不明でした。

     

    お恥ずかしながらその当時の私は、

    虐待を辞めたいと相談に来たお母さんが

    「昨日も叩いてしまいました」

    と語ったことに対して…

     

    「何してるんですか!

    自分が同じことされて辛かったでしょ!

    一番自分がその痛みわかってるでしょ!」

    なんてひどいことを言ったこともありました。

     

    今更ながらこのやり取りを思い出すと

    申し訳なかったと胸が苦しくなります。

     

    ところでこの

    心のうちにちゃんと愛情がある一方で、

    その子を虐げているという現状。

     

    この食い違い状態にある親御さんの多くは

    自身が子どもの頃に養育者(特に親)から

    大切なものをもらっていない

    という方々でした。

     

    ではその「大切なもの」って何でしょうか。

    それってたとえばこんなものなんです。

     

    *「愛してほしかった」

    *「怖いことから守ってほしかった」

    *「大切に扱ってほしかった」

    *「ちゃんと話を聴いてほしかった」

    *「導いてほしかった」

    ★「とにかく気持ちをわかってほしかった」

     

    あるいは

    *「ちゃんとほめてほしかった」

    *「ダメ出しなんてしてほしくなかった」

    *「応援してほしかった」

    ★「自分にも力がある!」って思いたかった

     

    ほかにも

    *「気持ちや想いを自由に言いたかった」

    *「それを受け止めてほしかった」

    *「ありのままの自分でいさせてほしかった」

    ★「そのままでいいよって言ってほしかった」

     

    そして

    *「もっと自由でいたかった」

    *「楽しく笑って過ごしたかった」

    *「イキイキ楽しくいたかった」

    ★「ただ子どもらしくいたかった」

     

    変わり種だと

    *「ダメなものはダメって教えてほしかった」

    *「必要な我慢ができる練習をさせてほしかった」

    ★「自分をコントロールできるようになりたかった」

     

    こういった「大切なもの」を

    感情的欲求といいます。

     

    これは

    「ほしいもの」ではなくて、

    「欠かせない大切なもの」です。

     

    want

    ではなく

    need

    なんです。

     

    ここがもらえないと

    子どもは誤った思い込みを抱え、

    先々でいろんな生きにくさを抱えます。

     

    たとえば

    「私なんて大切じゃない」

    「この世界は安全じゃない」

    「私はダメな人間」

    「誰からも愛されない」

    「私は無力」

    「人を優先しないといけない」

    「気持ちや想いを言うと酷い目に遭う」

    などなど。

     

    とても苦しい生き方になってしまいますね。

     

    子育てする親として

    わが子にこういった生きづらさを

    与えないことはとっても大切です。

     

    でもその前に、

    親である私たち自身がこの

    *大切なもの

    をもらっていないままであれば、

    子どもにその大切なものを与えたくても

    残念ですが与えることができません。

     

    もらっていないものは

    持っていない。

     

    持っていないものは

    あげられない。

     

    だからこそまず親御さん自身が

    この大切なものを得られること、

    つまり

    ★満たされる

    ことがとても大切だと思います。

     

    一見遠回りのようでも

    1)親御さんが満たされる

    2)「大切なもの」が手に入る

    3)わが子に与えることができる

    4)不幸な連鎖が止まる

     

    なんとかこの幸福の連鎖を

    少しでも広げていきたい!

    いつもそう願っています。

     

    まずほかの誰よりも

    自分が本当の意味で満たされる人生を

    送るって大切なんじゃないでしょうか^^

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

    2018年07月15日(日)

    子育てのイライラをリセットする3つの秘訣

     

    高澤信也です。

     

    去年からずっと子育ての怒りをリセットするための

    オンラインスクールづくりに取り組んでいました。

     

    それが今回ようやく開校のめどがつきました。

     

    愛する妻との結婚記念日である

    7月7日の七夕

    にスタートすることにしました。

     

    それに先んじて、

    トリフォリを利用してくれている会員さん、

    このブログを読んでくださっているあなた、

    メルマガの読者さんにまだ広報していない

    無料動画を優先してご紹介することにしました。

     

    登録はこちらからどうぞ^^

     

    ※注:この動画は外で撮影したので

    周りの大きな音が入っています。

    撮り直しするかもです(涙)

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

    2018年06月14日(木)

    きょうの失敗:自分にできてないことやれって言ってた

     

    おはようございます。

    高澤信也です。

     

    なぜかしら昨日からブログの

    画像が反映されていません。

     

    殺風景な感じで寂しくありますが

    なにとぞご容赦ください。

     

    ところで。

    昨日に引き続きやらかしました_| ̄|○

     

    きょうの失敗

    昨日の鉛筆事件(汗)を

    ひとり夜中に思い返しておりました。

     

    そこで思い出したことは

    自分もおくさんから毎回

    「これ、やっといてね」

    と言われていることがあったこと。

     

    それは

    次回からは言われなくてもやる!

    という約束だったけど

    言ってもらわないとやれてなかった…。

     

    あ、息子と一緒。

     

    それなのに、ああそれなのに、

    私は息子に偉そうに威張って

    「約束やけん、守らないかんやろ!」

    などとのたまっていたわけで 汗

     

     

    「しんどい」の仕組み

    【出来事(状況)】

    そのことに気づいたとき

     ▼

    【感情】

    恥(シェイム)

     

     

    昨日は罪悪感できょうは恥。

     

    恥も罪悪感と同じで

    自分が自分のルールを破ったサインです。

     

    ルールを探りました。

    結果、昨日と同じものでした(;^_^A

     

    ということで

    今日はルール以下は割愛です。

     

    その代わりに。

     

    子どもに「あるもの」と「ないもの」

    あなたは相手(子ども)の

    「ないもの」を見ますか?

    「すでにあるもの」を見ますか?

     

    たとえば私のばあい

    「約束を破った」

    を見ていればそれは

    「ないもの」

    を見ていることになります。

     

    だから腹が立つ。

     

    反対にある

    「すでにあるもの」

    を見てみますね。

     

    すると、見える見える!

     

    *生きていてくれる

    *笑ってくれる

    *話してくれる

    *元気に過ごしてくれる

    *学校行ってくれる

    *友だちと遊んでくれる

    *感情を表現してくれる

    ほかにもたくさん。

     

    あと

    *寝顔が超かわいい♪

     

    こんなことに思いがいたったのが

    今朝の4時前。

     

    有難さのあまり眠れなくなって

    ずっと息子の寝顔を見つめていました(涙)

     

    そこで感じた感情は

    感謝

     

    なんともここちよい気分でした(#^^#)

     

    生きやすさのコツ

    これって

    親子関係に限らないですね。

     

    自分との関係でも同じこと。

     

    自分の「ないとこ」を見れば

    落ち込んだり、恥ずかしくなったり。

     

    いっぽう「あるとこ」を見れば

    そんな自分を有難く感じられる。

     

    ゆるし

    って回復にはとても大切といわれます。

     

    誰だって

    「ないもの」は無数にあります。

     

    それを嘆いてもしょうがないんですよね。

     

    だって

    ないものはない!

    わけですから。

     

    そんなないものだらけの自分を

    ゆるせるとすごく楽になります。

     

    そのうえで

    「今あるもの」

    に目が向くと、

    自分を受け入れられます。

     

    まとめるとこんな感じ。

     

    「確かに自分には

    あれもないしこれもないなぁ」

     

    「他人はどうあれ

    自分にないもんはないもんなぁ。

    そりゃそうだよねぇ」

     

    「どんなに嫌がっても

    それが自分なわけだし」

     

    「とはいえまあ生きてるし。

    自分なりにやってることもあるし」

     

    「そう思うと

    自分もよくやってるのかな?」

     

    「とりあえずいまは

    そういうことにしとこう♪」

     

    不完全な自分をゆるせると

    そんな自分に感謝できます。

     

    それができると

    不完全な他者をゆるせるようになり、

    「あるもの」を見て感謝できるようにも。

     

    お釈迦さまがおっしゃった

    *まず自らを調えよ

    ほんとに大事なんですね。

     

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

    2018年05月30日(水)

    ACとして。母として。

     

    こんにちは。

    トリフォリの高澤です。

     

    昨日は毎月定例の

    子育て応援セミナー&自助グループ

    の日でした。

     

    昨日もとても盛り上がったのですが、

    写真を撮って公開できないのが毎回残念。

     

    参加なさるみなさんは、

    生まれ育った環境も

    生まれ持った素因も

    各々違うけれど、

     

    抱えてきた困難が共有できると

    「あるある~!」

    「そうそう!」

    「わかるわかる!」

    ってなります。

     

    それを見るのががいつもうれしい。

     

    *私はひとりじゃないんだ!

    って大切ですもんね。

     

    そんなおかあさんたちの話を

    毎回聴いていて思うんです。

     

    自分自身が生きづらさを抱えてきて、

    その状態で子育てもやってきて、

    それができていること自体が

    すごい力だよな~って。

     

    険しい環境のなかで生きてきたことは

    とても苦しかったことでしょう。

     

    でも一方で、

    その環境を抜いてきたからこその

    生きる力

    の凄まじさをいつも感じます。

     

    その「力」について。

     

    個人的には二つの使い方があると思ってます。

     

    その「力」をつかって

    ①子どもを思うようにしようとする

    ②自分の育てなおしや子育てのやり直しに取り組む

     

    前者を選ぶと子に生きづらさを連鎖させ、

    後者を選ぶと生きやすさ+連鎖ストップ

    になりますね。

     

    集まっているおかあさんがたは

    みんな後者。

     

    だから変化していくんです。

     

     

    話は少し変わりますが、

    私は福岡以外の県でも

    3ヶ所で親グループを運営しています。

     

    いずれも不登校・ひきこもりの親の

    自助グループです。

     

    この問題の困難さは、

    本人が相談の場に出てこないということ。

     

    ですが、それでも解決していきます。

     

    その違いが

    さっきの選択肢①②にかかってきます。

     

    親御さんにこう問います。

     

    「どうしたいですか?」

    「どうなりたいですか?」

     

    答えの多くは

    ・学校に行ってほしい

    ・働いてほしい

    ・外に出てほしい

    ・友だちと会ってほしい

    ・家のことをやってほしい

    などなど。

     

    このままでは解決しないんです。

     

    なぜなら

    「どうなりたい?」

    ではなく

    「どうなってほしい?」

    に対する答えだから。

     

    つまり、

    子を変えようとする試み。

     

    ここにとどまると長期化の一途です。

     

    一方で本人と会えないままなのに

    解決していく家庭があります。

     

    それは親御さんが

    自分の課題

    として引き受けていくとき。

     

    「子どもが学校に行かなくても

    自分を保てる親になりたい」

     

    「子どもが働かなくても

    自分の不安を処理できる自分になりたい」

     

    「反論されるのが怖いけど

    大切なことを伝えられる自分でいたい」

     

    自分の課題として引き受けると、

    事態は大きく好転していきます。

     

    気づくと

    本人と会わないままに解決に至る。

     

    不思議でしょうか。

     

    問題解決の秘訣は

    良い解決法を見つけることでも

    良い援助者を見つけることでも

    ないと私は思っています。

     

    自分の身に降りかかっている困難は

    自分がやり残している宿題

    が終わっていないことを知らせるサイン。

     

    そう思って取り組むと

    問題の多くは解決していきます。

     

    たとえばパワハラを受ける。

    そんなことをする輩にはもちろん問題あります。

    だけどそれはその人の課題。

     

    では自分の宿題とは?

     

    たとえばこんなこと。

    *普段から嫌なときに「イヤ」を表明していない

    *自分の意思を言葉でしっかり伝えていない

    *現実的に対処できる人に相談していない

    *解決ではなく不快さの解消を優先している

    *自分で自分を助けることをやっていない

     

    もしこういった宿題が終わってなければ、

    場を変え時を変え問題として現れるでしょう。

     

    これは子育てに限らず、

    自分の生きづらさの克服でも同様です。

     

    たとえば嫌われ恐怖が強い方。

     

    「どうなりたい?」と問うと

    「嫌われたくない」とおっしゃる。

     

    「嫌われさえなければいい?」と問うと

    「好かれたい(愛されたい)」とおっしゃる。

     

    一見「どうなりたい?」に見えますが、

    これも「どうしてほしい?」への回答です。

     

    なぜなら、

    自分を好きになるか嫌いになるかは相手の領域。

    そこには介入できません。

     

    それがここで

    「嫌われても自分で自分を大切にしたい!」

    という求めが出れば一歩前進。

     

    そしてそれが

    「私はほんとうにそうしたい!」

    にまで至れば自分の宿題になったサイン。

     

    冒頭でご紹介したおかあさんたちは、

    生きづらさの克服や子育てへの取り組みを

    自分の宿題として取り組んでいるからこそ

    より良い方向に進んでいくのでしょう。

     

    とは言え

    自分の宿題として引き受けるには勇気が必要。

     

    そのためには

    仲間

    って何より大切かもしれません。

     

    にしても

    やっぱり人の力ってすごいもんです。

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますよう。

     

    2018年05月20日(日)
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