アダルトチャイルド(アダルトチルドレン)支援センター 福岡【トリフォリ】

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    たかざわです。

     

    かなり遅くなってしまいましたが、

    新年あけましておめでとうございます。

    今年もよろしくお願いします。

     

    今日はお知らせをひとつ。

     

    これまでこのブログでは

    ①AC回復支援

    ②子育て支援

    を一緒に載せてきました。

     

    ですが今後は子育てに関するものは全部

    マイベストプロという「まちの専門家」を

    探せるサイトに載せていくことにしました。

     

    このブログでは、

    今後はAC当事者のみなさん向けの

    内容だけを載せていこうと思います。

     

    ということで、

    子育て中の親御さんはマイベストプロの

    サイトもご覧いただけるとうれしいです。

    【マイベストプロ福岡:トリフォリ】

     

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

     

     

    2019年01月17日(木)

    「共感」の意味 @12月6日

    こんばんは。

    たかざわです。

     

     

    昨日本棚から↑の本を

    数年ぶりに引っ張り出して読んでいました。

     

     

    その本を読んでいると、

    ある方と数年前に交わした会話を

    ふと思い出しました。

     

     

    その方はとある理由で

    まだ幼いわが子を亡くしておられました。

     

     

    話を聴いているこちら側が

    心痛で胸が張り裂けそうになるほどでした。

     

     

    その親御さんの痛みは

    どれほどだったことでしょう…。

     

     

    写真の本は「グリーフ」に関するものです。

     

     

    グリーフとは

    大切な人やものを失ったときの心の痛みのこと。

     

     

    本のなかに援助職として肝に銘じるべき

    こんな一節がありましたのでご紹介します。

     

     

    これは子育て中の親御さんにも

    ぜひ知っておいてほしい視点です。

     

    ・・・・・・・・

     

    「共感(compassion)」という意味のことを考えると、

    「com」は、「with(一緒に)」という意味で、

    「passion」は苦しみ、苦悩ということです。

     

    要するに、「苦しみと共にいる」。

     

    言いかえれば、

    「苦しんでいる方と共にいてさしあげる」

    ということなのです。

     

    何とかしてあげたいと思うことは大切ですけれども、

    あまり何とかしなければいけないと思って意気込んでしまうと、

    誤った援助をする場合もあるのです。

     

    たとえば、説得して考えを変えようとしたり、

    「もっと苦しい人やたいへんな人だっているんですよ」

    なんて言ってしまったり。

     

    まるで、苦しみや悲しみを抱えていることが

    誤りであるかのような応対をしてしまうこともあります。

     

    ・・・・・・・・

     

    私もかつてとても大切な人と死別したとき、

    ある人から先のような言葉をかけられました。

     

     

    善意からとは分かっていても、

    その言葉に対して思わず泣き叫びながら

    「やめろ!」と言わずにはいられませんでした。

     

     

    苦しむ人と共にいるために必要なことは

    能力でもスキルでもなく、本人のその

    痛みを「一緒に」抱えられる

    だけの勇気や覚悟。

     

     

    反対に

    「どうにかしてあげたい!」

    なんて思いはただの慢心にすぎません。

     

     

    親であれ援助者であれ、

    私たちにできることは

    相手の痛みを一緒に抱えること。

     

     

    それを共感と呼ぶんだな…

    と改めて痛感した次第。

     

     

    子育ても同じです。

     

     

    子どもの苦痛を

    「取り除く」

    ことに力を注ぐのではなく、

    彼/彼女たちが抱える

    *悲しみ

    *恐れ

    *怒り

    *寂しさ

    を一緒に抱えること。

     

     

    これが子どもの心を育むうえで

    とても大切なかかわりのひとつです。

     

     

    決して子どもの感情表現を

    禁止などなさいませんよう<(_ _)>

     

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

    2018年12月06日(木)

    叱ってはいけない? @11月15日

     

    こんにちは。

    高澤です。

     

     

    今日は子育て編の記事です。

     

     

    ほめると叱る

    幼稚園や保育園に講話に出向くと

    ほぼ毎回出てくる質問に

    「ほめる」「叱る」

    に関するものがあります。

     

     

    ほめるは理解しやすいようですが、

    叱るに関しては難しいようです。

     

     

    「叱ってはいけないの?」

    「叱らなきゃいけないの?」

    「叱り方がわからない」

     

     

    特に悩みの素になるのが

    「子どもを叱ってはいけない!」

    という禁止。

     

     

    とはいえ子どもは思い通りになりません。

    しちゃいけないことをやったりします。

     

     

    それを目の当たりにしても

    「叱ってはいけない!」

    に従っているとどうなるでしょうか。

     

     

    叱ることを禁止すると

    まず怒りが湧きます。

     

     

    でもそれを禁止するので

    さらに圧力が高まります。

     

     

    そうすると

    「子どもの行動を変えたい!」

    という欲求が強まります。

     

     

    ピークまで達すると

    怒鳴る(時に叩く)

    なんてことになることも…。

     

     

    するとそのあとには

    罪悪感がやってきます。

     

     

    だって

    「叱ってはいけない!」

    というルールを破ってしまったので。

     

     

    こんなんだったら

    かえって禁止しないほうがよかったですね。

     

     

    叱ってもいいという選択

    ということで

    思い切って視点を変えてみましょう。

     

     

    まず

    「必要な場面では叱ってもいい」

    という許可にしてみます。

     

     

    ところで必要な場面とは?

     

     

    下記は私が親として個人的に

    叱る必要あり!と考えている場面です。

     

     

    *その子や周りに危険が及ぶとき

    *周囲が損害を被るとき

    *社会との調和を乱す振る舞いのとき

    (言わば、我欲が顕著なとき( ̄▽ ̄))

    くらいでしょうか。

     

     

    そのほかの大抵のことは

    本人に任せています。

     

     

    叱る目的

    次に押さえておきたいことは

    「そもそも何のために叱るのか?」

    という目的検討。

     

     

    この目的が自分ではなく

    子どもにとって

    有用で助けになることが大前提です。

     

     

    もし目的が、、、

    ・言うこと聞かせたい

    ・ただ黙らせたい

    ・怒りをぶつけたい

     

     

    こういったものならそれは

    「叱る」ではなく

    「支配」かもしれません。

     

     

    後者が強いのなら、

    *自分で自分の気持ちをなだめる

    工夫やワザが必要なサインなのでしょう。

     

     

    大切なのは叱った「後」

    そして最後。

     

     

    人は完ぺきではありません。

     

     

    「叱る」つもりがつい

    「大声で怒鳴る」になってしまうことも。

     

     

    ときには

    「癇癪」「八つ当たり」

    なんてやってしまうこともあるでしょう。

     

     

    非常に残念ですが、

    これ書いている私も時々あります_| ̄|○

     

     

    叱る理由はあったけど、

    やり方がまずかったらどうしましょう?

     

     

    やることはふたつです。

    1)やり方がまずかったことを謝る

    2)叱った目的を伝える(分かるように説明)

     

     

    もし、癇癪や八つ当たりで

    怒りをぶつけてしまったときは

    どうしましょう?

     

     

    それもやることはふたつです。

    1)こちらもさっきと同様、謝る

    2)癇癪や八つ当たりだったと正直に伝える

     

     

    大切なことは

    「叱らないこと」ではなく、

    「叱ったら必ずフォロー」

    です。

     

     

    私たち大人と違って

    子どもってけっこう寛大ですから(^^;

     

     

    あとそれに加えて、

    できることなら癇癪や八つ当たりを

    しなくていい自分にしていけたらいいですね。

     

     

    自分を大切にするということ

    癇癪や八つ当たりは、

    ・余裕のなさ

    ・感情調整の困難さ

    ・偽物の怒り(本物は恐れ)

    などに基づくことが大半です。

     

     

    ここから脱するコツは、

    日々の

    セルフケアやセルフヘルプ

    です。

     

     

    *空を見上げる

    *深呼吸してみる

    *道端の花の匂いをかぐ

    *誰もいない場所で大声を出してみる

    *失敗しても「ま、いっか」と言ってみる

    *自分に「よくやってる」と言ってあげる

    などなど

     

     

    こんなちょっとしたことの積み重ねでも

    たくさん集まると自分を助けてくれるもの。

     

     

    小さくてもいいから、

    日々のセルフケアやセルフヘルプ、

    自分のためにやってあげてほしいです。

     

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

     

     

    2018年11月15日(木)

    愛情と執着

    こんにちは。

    高澤信也です。

     

    今日のブログの内容は

    子育て応援メルマガに載せたものを

    一部修正して載せています。

     

    それでは以下、本文です。

     

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

     

    突然ですが

    「あなたはわが子を愛していますか?」

     

    多くの親御さんの答えは「イエス」だと思います。

     

    ですが、もしその愛がかえって

    わが子を苦しめているとしたら・・・。

     

    今回はそんなお話です。

     

     

     愛が子育てを妨げるとき

    親子関係に限りませんが、

    近しい関係性のおいてその関係を損なうものは

    ほとんどが次の3つの要因によります。

     

    1)欲(執着)

    愛着に囚われ相手との境界線を越えた状態

    (極端なものは“二人で一人”のニコイチ)

     

    2)怒り

    思い通りにならない他者に「変われ!」を望む感情

     

    3)無智

    その場の感情的判断に流され、

    自分の行為の結末を賢明に判断できない状態

     

     

    これを子育てになぞらえて考えてみます。

     

    ちょっと表現がどぎついかもしれませんので

    その点あらかじめご容赦ください。

     

    <追記>

    子育て中の方は

    下記をそのまま読んでもらうとよいです。

     

    AC当事者の方は「わが子」を「(大切な)相手」に、

    「親」を「自分」に読み替えてみてください。

     

    援助職の方は「わが子」を「相談者」に、

    「親」を「自分」に読み替えてみてください。

     

    ・・・・・・・

     

    【欲/執着】

    わが子が可愛いあまり、過剰に子どもを

    甘やかしたり過度に世話をしたりする。

     

    「かわいそう」

    「嫌な思いをさせたくない」

    「代わりにやってあげなきゃ」

    のように。

     

    しかしこのとき自分でも

    意識できていない真の求め(欲)は

    「子どもから愛されたい」

     

    それを満たすために子どもを過保護に扱う。

    だから執着してしまう。

     

    そして叱ることが必要な場面でも、

    子どもが嫌がるからと必要なことが言えなくなる。

     

    ・・・・・・・

     

    【怒り】

    しかしどんなに子どもに執着しても

    子どもは「自分らしく」あろうとする。

     

    その子のありようは執着する側からすると

    「私を愛していない」

    という痛みの感覚をもたらし、

    思い通りにならない子どもに怒りが湧いてくる。

     

    この怒りが直接子どもに向いたとき、

    子育てが侵入的、操作的、支配的なものへ変容していく。

     

    その先では虐待にまで至る可能性もある。

     

    一方、子どもが思うようにならない責任を

    他者に向けることもある(むしろ多い?)。

     

    たとえば児童期であれば、

    思い通りにならないわが子のありようの責任を

    「学校が悪い」「教師が悪い」

    といった具合に。

     

    矛先こそ代わっても、

    結局は「思い通りにならない」から来る怒り。

     

    ・・・・・・・

     

    【無智】

    わが子に執着し、

    湧いてくる怒りに囚われている状態では

    人の理性は健全に機能しない。

     

    自分の行為がどのような結果を招くのか。

    自分の行為が真に子どものためになるか。

     

    そういった大切なことが理性ではなく

    感情で判断されてしまうから。

     

    それはまるで体重計で身長を測るようなもの。

    うまくいくはずがない。

     

    つまり、わが子に執着し、怒りに囚われるほど

    無智な自分と化し、

    自分の行い自体が結果的に子どもを苦しめる…

    という不幸な結末を招いてしまう。

     

     

    「愚者の慈悲」

    ここでは子育てになぞらえてみましたが、

    こういった状態は子育てに限りません。

     

    人と情緒的にかかわる場では頻繁に見られるものです。

     

    むしろ私たちのような援助職においては

    子育て場面以上によく見受けられるようです。

     

    「かわいそう」

    「なんとかしてあげたい」

    「私がやってあげる」

    「あなたを苦しめる人はひどい人。許せない」

    「あなたは何も悪くない。何の責任もない」

     

    一見とても“やさしい”関わりですが、

    こういった関わりを続けた結末は見えています。

     

    「依存」です。

     

    つまりこれは支援ではなく、

    本人の「自立する力」を奪うかかわり。

     

    これは仏教で言うところの

    「愚者の慈悲」

     

    相手が「かわいそう」だからと手を貸してあげる。

    しかしその行為自体が結果的には相手を害してしまう。

     

    これを愚者の慈悲と言うそうです。

     

    過保護が「やさしい虐待」

    と言われる所以はここにあるようです。

     

     

     愚者の慈悲から真の慈悲へ

    話を子育てに戻しましょう。

     

    私たち親は

    わが子を真に大切に思えばこそ

    ・執着

    ・怒り

    ・無智

    とは反対の子育てをしていきたいものです。

     

    それはたとえば

    自分のことは自分で満たし

    (親が自分で自分を幸せにする、という意味です)

     

    わが子は思い通りにならないという真理を受容し

    (変えられるのは自分だけ、という言葉があります)

     

    何がわが子の「真の助け」になるかを熟慮する

    (自立と調和が子どもの生きやさのカギです)

     

    …といったこと。

     

    そのためにはいろんなことに

    耐えることも必要です。

     

    どんなに子が愛しかろうと、

    子育てで重要視すべきは

    親の期待よりわが子の成長。

     

    まさに慈悲の心ですね。

     

     

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・

     

    …などと言っている私ですが、

    自分こそまだまだ道の途中です。

     

    残念ながら昨日も息子を

    「叱る」ではなく「怒る」

    をやってしまいました…(涙)

     

    はい。

    頭では承知しております。

    それは欲が招いた怒りであると(汗)

     

    子育てという名の修業(特訓?)は

    まだまだこれからもつづいていくようです。

     

    良ければあなたもご一緒しましょう^^

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

    2018年10月02日(火)

    「相手を正したい!」

     

    トリフォリの高澤です。

    1ヶ月ぶりの更新です。

     

     

    国試の勉強やら

    私的な事情やらが重なり、

    気づけば間が空いておりました<(_ _)>

     

     

    ところで、今日のテーマは

    「相手を正したい!」

     

     

    たとえば夫婦、彼氏彼女、親子、

    職場の同僚、友人など他者との関係で

    主張や言い分がかち合ったとき、

     

    「自分は正しい!」

    「相手が間違っている!」

     

    なんて思うときはないでしょうか。

     

     

    私はちょいちょいあります(汗)

     

     

    人は自分が正しいと思うと、

    つい反射的に相手の間違いを

    正したくなることがあります。

     

     

    【仕組み】

    人が自分と異なる意見(価値観)を

    主張したり、そう行動したり。

    「相手は間違っている!」

    <怒り>や<不満>

    間違いを指摘して

    正そうとする

     

     

    これ、たとえば

    Yahoo!ニュースのコメント欄とかに

    いっぱい載ってますよね。

     

     

    一見正義のコメント集のようで、

    よくよく観ると自分とは

    違う

    価値観に対する批判の数々。

     

     

    このように

    「相手は間違っている」と捉え、

    反射的に相手を正そうとすることを

    間違い指摘反射

    と呼びます。

     

     

    この間違い指摘反射、

    「自分は正しい!」

    とやっている側は思っている状態なので、

    「相手のためにいいことした!」

    なんて思うこともあるかもですね。

     

     

    ですが、これ、

    やればやるほどいろんな

    副作用が起こりがちです。

     

     

    特に相手との関係を今よりも

    良くしたいと願う人にとっては

    致命的ともいえる副作用です。

     

     

    それはたとえば

    ●相手との関係が悪くなる

     

    ●相手の反発心を招く

    (下手するとそのままバトルになる)

     

    ●言われ続けた相手は自信喪失する

    (すると相手の行動の目的が「より良くなるため」

    ではなく「怒られないため」になる)

     

    ●指摘する癖が強まるほど自分の怒りが増幅する

    (すると心臓や脳に負担がかかる)

     

    などなどです。

     

     

    関係をよくしたいのに、

    やっていることで悪くなってしまう、、、

    では本末転倒になっちゃいます。

     

     

    ではどうしましょう。

     

     

    とにもかくにもスタート直前には

    相手の「間違い」が目についているはず。

     

     

    ですからその直前の瞬間の

    1)体の反応(変化)に気づく

    (カッとなるとか力が入るとか)

     

    そのうえで

    2)間違い指摘反射をグッとこらえる(封じる)

    (根性あるのみです 汗)

     

     

    そして相手の行動が不適切であっても

    その「間違い」を指摘することなく

    3)そっとその場を去る

     

     

    これを実践することを想像するだけでも

    きつい感じが伝わるのではないでしょうか。

     

     

    ちなみにこの課題、

    子どもに怒りがちな親御さん、

    パートナーとの葛藤ある方など、

    現在トータルで8名の方が取り組んでいます。

     

     

    名付けて

    間違い指摘反射ストップ大作戦!

     

     

    ちなみに取り組み中のうちの1人は、、、

    私です( ̄▽ ̄)

     

     

    結構大変な取り組みではあるものの、

    やっているうちにいろんなことに

    気づけます。

     

     

    さらに得られるメリットもありました。

     

     

    それが何かは

    敢えて秘密にしておきますね。

     

     

    よろしければあなたも

    9人目の仲間になってみませんか^^

     

     

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

     

     

    2018年09月17日(月)
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