アダルトチャイルド(アダルトチルドレン)支援センター 福岡【トリフォリ】

trifolie
  • トップページ
  • アダルトチャイルドとは
  • 回復の3ステップ
  • よくある質問
  • システム・料金
  • ブログ
  • 資格の登録証が届きました

    (↑生年月日と本籍地は消してます)

     

    たかざわです。

     

    望まれつつも長らくできなかった

    心理職の国家資格ができておりまして、

    その1回目の試験が去年おこなわれました。

     

    公認心理師という名前の資格です。

     

    試験日は9月(だったかな?)。

    合格発表は11月30日。

     

    直後に申請して3ヶ月弱経った

    本日やっと登録証が届きました。

     

    私は今回実務経験5年以上のGルートという

    受験資格での受験でした。

     

    もし落ちていたら

    心理学の必要科目の履修(単位取得)

    +実務経験のFルートで次回受ける予定でした。

     

    2回目受験に至ることなく合格できて、

    無事登録まで終わってほっと一息です。

     

    前回受けずに今年受験する仲間もおりまして、

    無事に合格することを祈るばかりです。

     

    というか、自分の分が終わったので

    他人事テイストで気楽に応援です(^^;

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

    2019年02月19日(火)

    インストールされた罪悪感

     

    こんにちは。

    たかざわです。

     

     

    ついこの間お正月だった気がしますが、

    早いものでもう1月も下旬ですね。

     

     

    年末年始と言えば帰省する方も多かったことでしょう。

     

     

    実家に帰省したのはいいけれど…

    AC支援という仕事の定番なのか、

    帰省時期には度々クライエントさんから

    「年末年始なのにすみません」SOSが届きます。

     

     

    実家に帰ったのはいいけれど

    「親にやられてしまった…」

    といった類の連絡がほとんどです。

     

     

    それほどのダメージになる強攻撃(汗)とは

    たとえば、、、

    ・実家から離れて暮らしていることを「自分勝手」

    ・親を粗末にしているお前は「冷たい」「親不孝」

    ・育ててやった恩を忘れた「恩知らず」

    ・「そもそもお前は」と子ども時代のことまで責められる

    ・一方で親自身の大変さや嘆きを延々聴かされる

    ・「自分はもうだめだ」と自分を哀れむことも

    その他もろもろ

     

     

    こういった強攻撃(汗)によって、

    精神的にダメージを受けてしまう。

     

     

    そして自尊感情にまだ脆さが残っていると

    「私がダメなんだ」

    「私のせいだ」

    といった思いが出てきてしまう。

     

     

    そしてその後に湧いてくるおなじみの

    【罪悪感】

     

     

    あー、しんどいしんどい…。

     

     

    偽物の罪悪感

    ところでこの厄介な罪悪感。

     

     

    まあ、恥の仲間とも言えますが、

    そもそも最初っから子どもの心の内側に

    存在している感情ではありません。

     

     

    苦痛を覚えるほどの罪悪感であれば

    それはたいていは

    外部からインストールされたもの

     

     

    いわゆる「スリコミ」というやつです。

     

     

    ではこのスリコミは

    いつ?どこで?どうやって?

    なされたものなのでしょう。

     

     

    見えない虐待

    たとえばこれは私の話。

     

     

    子どものころ、

    父は酔うと母に暴言暴力をふるっていました。

     

     

    そんな母親があまりにも

    ”かわいそう”でみていられず、

    どうにかして助けたいと願っていました。

     

     

    でも父の暴力を止める力はない。

    だったらほかにできることはないかと

    子どもなりに懸命に考えました。

     

     

    そこで母のために私がやってきたことは、

    ・励ましたり

    ・慰めたり

    ・愚痴を聞いてあげたり

    して子どもの自分のできる精一杯の

    支援

    を提供していました。

     

     

    でもどれだけがんばっても

    ”かわいそうな”母は

    ・嘆いている

    ・つらそうにしている

    ・相変わらず殴られている

     

     

    自分はなんて

    無力で愚かな存在

    なのだろうと感じたものです。

     

     

    しかし諦めの悪かった私は

    「ほかにできることは?」

    と考えました。

     

     

    そこで続いてやったことは

    ・父を怒らせない努力

    (母への暴力を間接的にやめさせるための努力ですね)

    ・母に負担や迷惑をかけないよう尽力する

    ・自分の欲求なんて「訴えない」「甘えない」

    ・自分のことは何でも「自力でやり遂げる」

     

     

    けっこうな頑張りだったな、なんて思います。

    もちろん子どもの生き方ではないですけどね(^^;

     

     

    とはいえさすがにここまでやれば

    母親も元気になるのが当然ですよね!

     

     

    と言いたいところですが、

    結果は何も変わりません。

     

     

    子どもの自分にはこれが

    精いっぱいの最善策だったのでしょうが

    しょせんは子どもの浅知恵ですもの、

    事態が変わるはずもありません。

     

     

    それどころか

    「別れたいのに別れられない」

    「だってお前がまだ小さいから」

     

     

    もうね、このときは

    死ぬほど生まれてきたこととか

    いま生きていることを後悔しましたよ。

     

     

    だって、自分が生きているせいで

    「母はずっと苦しんでいる」

    というとらえかたに至るわけですから。

     

     

    しかしこれは母自身の課題であり、

    大人としての夫婦間の課題です。

     

     

    子どもには何の関係もありません。

     

     

    子どもがそう思ってしまう環境を

    改善できない親の未熟さが課題なのです。

     

     

    スリコミの影響

    そんな私は10代で家を離れました。

     

     

    ひとり暮らしの気楽さはそれこそ

    「自由だー!!」と叫びたいほど。

     

     

    周りに縛られない楽さ、喜びを

    心からかみしめていました。

     

     

    それがあるときふと気づきます。

     

     

    仕事であれプライベートであれ

    なぜか周りに困っている人や辛そうな人がいると

    漠然と「自分のせい」のような気がしていまして。

     

     

    頭では関係ないと思っていても、

    気持ちが納得してくれない。

     

     

    なんともしれないこの

    罪の意識

    は性格なのだろうと気に留めることもなく。

     

     

    それがあるときこれが

    スリコミの罪悪感

    であることに気づきます。

     

     

    私が20歳のとき母が突然死し、

    その後父は一人暮らしとなりました。

     

     

    しばらくは自力でやっていたようですが、

    数年たつと度々電話してきては

    「つらい」

    「さびしい」

    「たいへん」

    と訴えます。

     

     

    当時私は実家から離れた場所で

    仕事をしておりましたので、

    しょうがないと思いつつも

    心の隅では罪悪感疼き中、、、でした。

     

     

    そのときに気づきました。

    「あー、これ、お母さんに昔

    言われた時の気持ちとめっちゃ似てる!」。

     

     

    その後あるとき父の待つ家へ帰省します。

    そこで父は全開で私を責めます。

     

    「おまえはつめたい」

    「誰が育ててやったと思ってんだ」

    「俺一人でどれだけたいへんか知ってるのか」

    「もう死んだほうがましだ…」

     

     

    このとき猛烈な怒りが湧いたものの、

    それをはるかに上回る

    罪悪感

    で身が内側から焼き尽くされる感覚に

    陥ったことを今も覚えています。

     

     

    その後も電話で続く

    ・批判

    ・嘆き

    で湧いてくる罪悪感に耐えかねた私は、

    当時責任者だったにもかかわらず

    転勤か退職かの二択を職場に迫り、

    無理やりの転勤をさせてもらいました。

     

     

    なんて無茶なことを

    なんて理不尽なことを

    してしまったのだろうと思います。

     

     

    当時の同僚たちはただの職場の同僚ではなく、

    それこそ大好きな仲間でした。

     

     

    彼らを裏切ったことにも

    罪悪感がありました。

     

     

    旅立ちのとき

    ということでそれからは

    実家で父と二人暮らし。

     

     

    新生活では

    仕事は慣れた仕事をやるだけだし、

    すぐに仲間もできましたし。

     

     

    やっとこれで穏やかな暮らしです^^

     

     

     

     

     

     

    なんてなるはずもなく_| ̄|○

     

     

    事あるごとに

    「帰りが遅い」

    「家のことを何もしない」

    「俺(父)の苦労をわかってない」

    「自分勝手だ、わがままだ」

     

     

    嗚呼!なんてこったい!

     

     

    ここまでしてきたのに、

    こんな仕打ちをするなんて、、、。

     

     

    もうね、さすがにここまでくると、

    「あ、この人はダメだ」

    「子どもの気持ちはわからないんだ」

    「自分で手一杯なんだ」

    「子どもが思い通りでないのが嫌なんだ」

    ということに深~く気づきます。

     

     

    そして悟りました。

     

     

    父には父の人生がある。

    私には私の人生がある。

     

    でもたとえ親子であっても、

    そこには相いれないものもある、と。

     

     

    なにより「私」という人間は

    *親の期待にそうために生まれてきた

    わけではなくて

    *自分の人生を生きるために生まれてきた

    ということに。

     

     

    ここでようやくスリコミの罪悪感から

    解放されるための旅の途につくことが

    できたのです。

     

     

    学ぶって大切

    そんな若かりし頃の私ですが、

    ちょうど心理学にハマり始めた頃と重なり、

    そのなかであることを学びました。

     

     

    親の仕事とは

    子どもが幼いころは

    *わが子の面倒をみること

    (「引き寄せる」というかかわりです)

     

    一方で子どもが大きくなってきたら

    *わが子の幸せの後押しをすること

    (「手放す」というかかわりです)

     

     

    あーあ( ̄▽ ̄)

     

    もっと早く知っておけば

    こんないらない罪悪感ななんて

    とっとと捨ててたのになー、、、

    と思った当時の私。

     

     

    ですが、

    気づいた時がベストタイミング

    なんて言葉もありますから

    きっといつでも大丈夫。

     

     

    私たちの人生の主人公は

    ほかならぬ自分自身だけ。

     

     

    親や他人の人生のわき役になる

    必要は微塵もないはずです。

     

     

    一方で

    自分の人生を生きるには勇気も必要です。

     

     

     

    これを読んでいるあなたに

    *変えられないものを受け入れる落ち着きと

    *変えられるものを変えていく勇気と

    *その二つを見分ける賢さ

    が与えられますよう心から祈ります。

     

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

     

     

    2019年01月21日(月)

    11月は研修3つ受けてきます @2018年10月29日

     

    こんにちは。

    トリフォリの高澤です。

     

     

    この仕事に就いてからというもの、

    数多くの研修を受けてきました。

     

     

    最多時には

    週末はすべて東京に(全部泊り)行きつつ、

    福岡でも複数研修を受けつつ、しかもそれを

    毎月ずっと、と、「仕事以外はほぼ研修」な

    時期もありました。

     

     

    今にして思えばこれってすごく

    強迫的

    ですよね(汗)

     

     

    AC回復の12ステップの第1段階は、

    ”私たちはアディクションの影響に対して無力”

    ということを受け容れるステップです。

     

     

    アディクションの特徴は

    強迫的

    なことです。

     

     

    言わば

    *取りつかれたように

    *駆り立てられたように

    活性化しては自動的にやり過ぎる状態。

     

     

    この時はまさにこの

    「駆り立てられたように」

    やっていたわけです。

     

     

    やはり回復のプロセスは

    終わりのある「完了」ではなく

    終わりのない「成長」なのですね。

     

     

    お陰さまで最近は憑き物がとれたようで

    ピーク時の1割程度に落ち着ています。

     

     

    改めて振り返ると

    やはり当時の私は強迫的かと( ̄▽ ̄)

     

     

    今がちょうどよくて楽です(^^♪

     

     

    そんな現状ですが、

    来月は久しぶりに研修3つ受けてきます。

     

     

    まずは認知行動療法学会の大会で岡山へ。

    スキーマ療法とACTのワークショップに

    参加してきます。

     

     

    スキーマ療法の研修は創始者である

    ヤング先生のを含めると通算4回目。

     

     

    スキーマ療法のエッセンスはとても

    役に立ちますので助かってます。

     

     

    もう一か所はいつもお世話になっている

    アスクヒューマンケアさん(東京)へ。

     

     

    テーマは

    恋愛系のサイトなどで「自己中男」の

    典型例として扱われることはあっても、

    書籍や研修などで臨床的な視点から

    触れられることの少ない回避依存

     

     

    アルコールやギャンブル等への依存や

    共依存ほどメジャーではないのですが、

    実は親密性や共依存などに深くかかわる

    大切なテーマなんです。

     

     

    今回きっちり深めてきまっせ!

     

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

    2018年10月29日(月)

    國分康孝先生ご逝去

     

    こんにちは。

    高澤信也です。

     

    きょうは息子の運動会。

     

    子どもたちの頑張りに感動し、

    足取り軽く帰宅。

     

    ポストに目をやると封筒が一通。

     

    開封すると、最高の師と慕い

    憧れていた國分康孝先生の訃報でした。

     

    ショックが大きすぎて、

    ちょっと今抱えきれずにいます。

     

    私がカウンセラーとなって間もないころ、

    構成的グループエンカウンターの研修に

    参加した時の先生が國分先生と奥様の

    久子先生でした。

     

    國分先生は私がそれまでに出会った、

    いわゆるカウンセラーという人たちとは

    持つ雰囲気がまったくちがいました。

     

    ただそこにいるだけで

    温かさとか優しさとか愛が

    肌を通して伝わってくるのです。

     

    何一つ構えなくても

    安心してそこにいられる。

     

    そばにいるだけで

    なぜか涙が出そうになる。

     

    そんな先生でした。

     

    私も絶対に國分先生みたいになろう!

     

    そう心に決めてやってきたものの、

    当然の如くまったく足元にも及ばず。

     

    それでも、先生が放っていた

    まるで生まれたわが子を愛でる

    母親のようなあの空気感。

     

    まだあきらめずに目指したいと思います。

     

    写真は國分先生と久子先生に

    いただいた言葉。

     

    ずっと支えにしています。

     

    この言葉を胸に刻み、

    またここからやり直します。

     

    國分康孝先生のご冥福をお祈りいたします。

    どうぞ安らかにお眠りください。

     

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

    2018年06月03日(日)

    今更ですが、自己紹介

    こんにちは。

    トリフォリあらため

    福岡ペアレンティングスクール(仮)

    の高澤信也です。

     

    さいきんお世話になっているコーチが

    主催しているあるイベントに参加して

    お仲間探しをしています。

     

    3人ワンセットになって、

    いろんな社会貢献して、

    いろんな課題を突破して、

    そして世界クルーズに行こう!

    っていうどえらいイベントです(;・∀・)

     

    そのお仲間探しでフェイスブックに

    書き込んだ自己紹介をここにも載せてみます。

     

    「あー、こんなおぢさんなのね」

    なんて知ってもらえたらうれしいかぎり。

     

    もし社会貢献+世界クルーズに興味あり!

    という方は、下の私の自己紹介見てみてください。

     

    それで

    「仲間になりたい!」

    と思ったらお知らせください。

     

    そのイベントに仲間として

    一緒に応募しましょう^^

     

    ちなみに残席は1ですが( ̄▽ ̄)

     

    では、以下、自己紹介です(`・ω・´)ゞ

     

    Q.あなたはどんな人ですか?

    ・奥さんと息子が大大大好き

    ・小さな子どもが懸命に生きる姿に胸が熱くなる
    (泣く、ハイハイする、たどたどしく歩く、遊びに夢中とか)

    ・人が怖いものに勇気をもって立ち向かっていく姿に超感動

    ・困難を乗り越えて自立していく姿を見ると涙があふれる

    ・人に阿るの嫌い・依存や馴れ合い大嫌い

    ・心地よい人間関係は狭く・深く(「誰とでも仲良し」超苦手)

    ・小学生みたいなおじさん

    ・慣れると明るいけど慣れるまではビビリで臆病で内弁慶

    ・心の声が口から漏れてしまう

    ・真剣は大好き・深刻は大嫌い

     

    Q.何を大事にしていますか?

    ・不完全な自分に慈悲を与えること

    ・自主自立(I love「まず自分を調えよ」byお釈迦様、です)

    ・子どもの笑顔

    ・家族

    ・笑い

    ・自分に正直(自分と異なる価値観の受容とセットです)

    ・協力(補い合うこと)

     

    Q.どんな人と仲間になりたいですか?

    *とにかく本気で子どもを取り巻く世界をよりよくしたい人

    …あと、ぜいたく言えば…

    *目の前の困難を「自分の課題」として引き受けられる人

     

    Q.あなたが得意なことはなんですか?

    ・知識の吸収(但し心が向くもの限定。自助、子育てなど)

    ・自分の助け方を人に教える(喋る)

    ・本質に気づく(でも気づかせるのは下手)

     

    Q.あなたが求めていることは何ですか?

    家庭を家族全員にとっての最高の安全基地にしていきたい

    子どもが明るく自由に子どもらしく生きられる世界に変えていきたい

     

    Q.仲間はどこにいると思いますか?

    それがよくわからない。

    同業者(カウンセラー)探したけどどうにもぴんとこず…。

     

    Q.どんな風に声をかけたら、心が動くと思いますか?

    自分の志をくどく暑苦しく(汗)語る

    (すると同じ志の人が反応してくれる、気がする)

     

    Q.どんな一歩を踏み出しますか?

    これをフェイスブックに載せてみる

    (ビビリだから本当は載せるのめっちゃ怖いけど)

     

    ということで、

    また次回~♪

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますよう。

    2018年05月17日(木)
    keep looking »
    ページの上部へ