アダルトチャイルド(アダルトチルドレン)支援センター 福岡【トリフォリ】

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  • 共依存の特徴 @10月31日

    こんばんは。

    トリフォリの高澤です。

     

     

    たびたび触れております

    共依存

    という言葉。

     

     

    この言葉をご存じない方も

    いらっしゃるかもしれませんので、

    今回少し触れてみます。

     

     

    共依存という言葉の意味

    この言葉の起源は

    「アルコール依存の夫を支える妻」

    から来ております。

     

     

    回復していないアルコール依存の

    当事者の多くは、周りが困るような

    状態にありがちです。

     

     

    たとえば、、、

    ・酔いに任せて家族に暴力をふるう

    ・飲酒したまま仕事に行く

    ・酔いがひどくて無断欠勤する

    ・下手するとこれでクビになる

    ・仕事を辞めても酒はやめない

    ・それをいさめようとするとまた暴力

    といった悪循環

     

     

    とうていこの状態では

    ひとりで生きていけません。

     

     

    しかしここに謎が。

     

     

    だったらどうやって

    この人は生きていけてるのでしょう?

     

     

    それは

    誰かが支えている

    からです。

     

     

    暴力を振るわれても耐え、

    職場には病休と嘘の電話をし、

    暴れた後片付けをこなし、

    酒を飲ませないよう努力し、

    自分も働いて家計を支え…。

     

     

    この例では妻になりますが、

    このような支える人がいて始めて

    依存症者は依存症者のままでも

    存在することができるのです。

     

     

    このような支え手を

    共依存(症)

    といいます。

     

     

    さらに、

    「人から支えられることを

     必要とする弱い(可哀そうな)人」

    (例で言うとアルコホリックの夫)

    「その可哀そうな人の世話を焼く人」

    (例で言うと妻)

    の関係のように

    互いが互いを必要とする依存関係

    共依存(関係)

    と呼びます。

     

     

    ひきこもり家庭の親子関係や

    蜜月状態の援助・被援助関係も

    この関係と言えるでしょうね。

     

     

    憐みの裏に潜んでいるもの

    ところで「支え手」を

    意味する共依存症。

     

     

    なぜこんな状態になってまで

    「可哀そうな人」を支えるのでしょうか?

     

     

    それは共依存症の

    ある特徴に起因します。

     

     

    支える人は実は

    「可哀そうな人を助けたい」のではなく、

    「可哀そうな人を必要としている」のです。

     

     

    可哀そうな人の面倒を見ることで

    「私は必要とされている!」

    と感じることができます。

     

     

    「私は必要とされている」という感覚は

    「私には価値がある!」

    と自尊心を大きく高めることができます。

     

     

    つまり共依存症とは、

    自分に価値があると思えない人が

    「自分にも価値がある」と思うために

    可哀そうな人を必要とする状態、

    とも言えるわけです。

     

     

    一見「困ったちゃん」と

    「迷惑をこうむっている人」に

    見えるこの関係ですが、実は

    両者のニーズがかみ合っている

    非常に強い関係だったのです。

     

     

    さらに見えない弊害があります。

     

     

    それは

    「助けてあげなきゃ」

    とみなされた人は実はその時点で

    「力がない人」

    という立ち位置に置かれています。

     

     

    だからこそ

    「助けてあげなきゃ!」

    になるわけです。

     

     

    表面的にはわかりにくいですが、

    関係としては

     

    私が上。

    あなたが下。

     

     

    この関係の先に

    対等で相互尊重のある交流

    は残念ですが見込めません。

     

     

    共依存症の特徴

    共依存症の特徴はいろんな書籍や

    サイトなどに載っておりますが、

    ここでは共依存の自助グループ

    「CoDA-JAPAN」の掲載資料から

    引用させていただきました。

     

     

    <共依存症の 4 つのパターン>

    ◆否認のパターン

    ・ 自分が何を感じているかを認めるのが非常に困難である。

    ・ 自分が本心から感じていることを軽視したり、簡単に変えたり、打ち消したりする。

    ・ 自分は他人の幸せのために自分を捧げる、完全に利己心のない人間であると感じている。

     

    ◆自己評価が低いパターン

    ・ 決定を下すのが非常に困難である。

    ・ 決して、自分が考えること、話すこと、なすことのどれにも合格点を与えず、厳しく判定する。

    ・ 表彰されたり、賞賛を受けたり、贈呈を受けたりすると当惑する。

    ・ 自分の要求や希望を満たしてくれるように、人に頼むことをしない。

    ・ 自分の考え、感じ方、行動についての評価よりも他人の評価の方に価値を置く。

    ・ 自分自身が愛されるに値する、価値のある人間だとは思えない。

     

    ◆服従のパターン

    ・ 拒絶にあったり他人の怒りにふれたりすることがないよう、自分の価値観や誠実さをもねじ曲げて妥協する。

    ・ 自分以外の人がどう感じているかということにとても敏感で、自分も同じように感じる。

    ・ 特定の人の言いなりになってしまい、自分を傷つける人間関係からも、なかなか離れることができない。

    ・ みんなと違う意見を言うのが、また、自分の感情をありのままに表すのが怖い。

    ・ ほかの人が望むことを優先するため、自分自身の関心や趣味は脇に置く。

    ・ 愛情が欲しくてセックスを受け入れる。

     

    ◆コントロールのパターン

    ・ たいていの人たちは、自分の面倒をみることが出来ないものと信じている。

    ・ ほかの人はどう考えるべきで、本当はどう感じているのかを納得させようとする。

    ・ ほかの人から助けを必要とされないと、恨みを持つ。

    ・ 頼まれもしないのに、どんどんアドバイスを与えたり、指図をする。

    ・ 関心を持った相手には、プレゼントをしたり惜しみなく世話をする。

    ・ 認められたくて、受け入れられたいがために、セックスを利用する。

    ・ ほかの人とのつながりを持つためには、私が必要とされなければならない。 

     

     

    回復の視点

    ここまで見たところで分かることは、

    共依存症者は意識的には

    「困っている人を助けてあげたい!」

    ですが、実のところは

    「私を必要としてほしい!」

    ということになります。

     

     

    なぜかと言うと

    [必要とされる]=[価値がある]

    という前提があるから。

     

     

    しかしこの前提は本人を苦しめます。

     

     

    なぜなら

    [必要とされない]=[価値がない]

    も必ずセットになってしまうから。

     

     

    こんな前提のセットから考えると、

    人の世話を焼くこと、面倒をみることは、

    その本人からすれば

    「自分の価値をかけた命がけの試み」

    なのかもしれません。

     

     

    共依存から抜け出すのが困難なのは、

    この前提があるからではないでしょうか。

     

     

    そこから考えると、

    回復の道筋とはつまり

    「私はこの不十分な私でOK!」

    と思える方向に歩んでいくこと。

     

     

    たとえ必要とされなくても、です。

     

     

    そうなるために

    *私にできること

    *私が手放すべきこと

    を考えてみてはいかがでしょうか。

     

     

    人は他人を好き勝手に評価しますが、

    私たちが自分自身をどう評価するかは

    自分の意志で決めることができます。

     

     

    あなたが自分をどう観るか。

    そこに共依存から脱するカギがあります。

     

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

    2018年10月31日(水) カテゴリー: 「愛着の傷」回復Tips
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