アダルトチャイルド(アダルトチルドレン)支援センター 福岡【トリフォリ】

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    こんにちは。

    高澤信也です。

     

    今日のブログの内容は

    子育て応援メルマガに載せたものを

    一部修正して載せています。

     

    それでは以下、本文です。

     

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

     

    突然ですが

    「あなたはわが子を愛していますか?」

     

    多くの親御さんの答えは「イエス」だと思います。

     

    ですが、もしその愛がかえって

    わが子を苦しめているとしたら・・・。

     

    今回はそんなお話です。

     

     

     愛が子育てを妨げるとき

    親子関係に限りませんが、

    近しい関係性のおいてその関係を損なうものは

    ほとんどが次の3つの要因によります。

     

    1)欲(執着)

    愛着に囚われ相手との境界線を越えた状態

    (極端なものは“二人で一人”のニコイチ)

     

    2)怒り

    思い通りにならない他者に「変われ!」を望む感情

     

    3)無智

    その場の感情的判断に流され、

    自分の行為の結末を賢明に判断できない状態

     

     

    これを子育てになぞらえて考えてみます。

     

    ちょっと表現がどぎついかもしれませんので

    その点あらかじめご容赦ください。

     

    <追記>

    子育て中の方は

    下記をそのまま読んでもらうとよいです。

     

    AC当事者の方は「わが子」を「(大切な)相手」に、

    「親」を「自分」に読み替えてみてください。

     

    援助職の方は「わが子」を「相談者」に、

    「親」を「自分」に読み替えてみてください。

     

    ・・・・・・・

     

    【欲/執着】

    わが子が可愛いあまり、過剰に子どもを

    甘やかしたり過度に世話をしたりする。

     

    「かわいそう」

    「嫌な思いをさせたくない」

    「代わりにやってあげなきゃ」

    のように。

     

    しかしこのとき自分でも

    意識できていない真の求め(欲)は

    「子どもから愛されたい」

     

    それを満たすために子どもを過保護に扱う。

    だから執着してしまう。

     

    そして叱ることが必要な場面でも、

    子どもが嫌がるからと必要なことが言えなくなる。

     

    ・・・・・・・

     

    【怒り】

    しかしどんなに子どもに執着しても

    子どもは「自分らしく」あろうとする。

     

    その子のありようは執着する側からすると

    「私を愛していない」

    という痛みの感覚をもたらし、

    思い通りにならない子どもに怒りが湧いてくる。

     

    この怒りが直接子どもに向いたとき、

    子育てが侵入的、操作的、支配的なものへ変容していく。

     

    その先では虐待にまで至る可能性もある。

     

    一方、子どもが思うようにならない責任を

    他者に向けることもある(むしろ多い?)。

     

    たとえば児童期であれば、

    思い通りにならないわが子のありようの責任を

    「学校が悪い」「教師が悪い」

    といった具合に。

     

    矛先こそ代わっても、

    結局は「思い通りにならない」から来る怒り。

     

    ・・・・・・・

     

    【無智】

    わが子に執着し、

    湧いてくる怒りに囚われている状態では

    人の理性は健全に機能しない。

     

    自分の行為がどのような結果を招くのか。

    自分の行為が真に子どものためになるか。

     

    そういった大切なことが理性ではなく

    感情で判断されてしまうから。

     

    それはまるで体重計で身長を測るようなもの。

    うまくいくはずがない。

     

    つまり、わが子に執着し、怒りに囚われるほど

    無智な自分と化し、

    自分の行い自体が結果的に子どもを苦しめる…

    という不幸な結末を招いてしまう。

     

     

    「愚者の慈悲」

    ここでは子育てになぞらえてみましたが、

    こういった状態は子育てに限りません。

     

    人と情緒的にかかわる場では頻繁に見られるものです。

     

    むしろ私たちのような援助職においては

    子育て場面以上によく見受けられるようです。

     

    「かわいそう」

    「なんとかしてあげたい」

    「私がやってあげる」

    「あなたを苦しめる人はひどい人。許せない」

    「あなたは何も悪くない。何の責任もない」

     

    一見とても“やさしい”関わりですが、

    こういった関わりを続けた結末は見えています。

     

    「依存」です。

     

    つまりこれは支援ではなく、

    本人の「自立する力」を奪うかかわり。

     

    これは仏教で言うところの

    「愚者の慈悲」

     

    相手が「かわいそう」だからと手を貸してあげる。

    しかしその行為自体が結果的には相手を害してしまう。

     

    これを愚者の慈悲と言うそうです。

     

    過保護が「やさしい虐待」

    と言われる所以はここにあるようです。

     

     

     愚者の慈悲から真の慈悲へ

    話を子育てに戻しましょう。

     

    私たち親は

    わが子を真に大切に思えばこそ

    ・執着

    ・怒り

    ・無智

    とは反対の子育てをしていきたいものです。

     

    それはたとえば

    自分のことは自分で満たし

    (親が自分で自分を幸せにする、という意味です)

     

    わが子は思い通りにならないという真理を受容し

    (変えられるのは自分だけ、という言葉があります)

     

    何がわが子の「真の助け」になるかを熟慮する

    (自立と調和が子どもの生きやさのカギです)

     

    …といったこと。

     

    そのためにはいろんなことに

    耐えることも必要です。

     

    どんなに子が愛しかろうと、

    子育てで重要視すべきは

    親の期待よりわが子の成長。

     

    まさに慈悲の心ですね。

     

     

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・

     

    …などと言っている私ですが、

    自分こそまだまだ道の途中です。

     

    残念ながら昨日も息子を

    「叱る」ではなく「怒る」

    をやってしまいました…(涙)

     

    はい。

    頭では承知しております。

    それは欲が招いた怒りであると(汗)

     

    子育てという名の修業(特訓?)は

    まだまだこれからもつづいていくようです。

     

    良ければあなたもご一緒しましょう^^

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

    2018年10月02日(火) カテゴリー: 「愛着の傷」回復Tips, 子育て応援
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