アダルトチャイルド(アダルトチルドレン)支援センター 福岡【トリフォリ】

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  • 「私は愛されていない」の嘘

     

    こんにちは。

    たかざわです。

     

     

    今回の写真はうちの卒業生の方が

    実際に現地で撮ってきてくださった

    貴重な写真です。

     

     

    このお墓に眠っている方は

    私にとっての心の師匠のひとり、

    アルフレッド・アドラー先生です。

     

     

    近年は『嫌われる勇気』という書籍で

    名前をご存知の方も多いかもですね。

     

     

    手術を控え、不安も出てきた昨今、

    とても大きな支えになりました。

     

     

     

    すでに愛されている

    ありがたいことに、

    このほかの卒業生の方からも

    勇気をたくさんいただいています。

     

     

    ある方はわざわざ神社でお守りを

    いただいて渡しに来てくれました。

     

     

    またある方は自分が出産直後で

    たいへんなのに、心配とねぎらいの

    メールを送ってきてくださいました。

     

     

    またある方(ピアニスト)は

    わざわざ私宛てにピアノの弾き語りを

    録音して送ってくださいました。

     

     

    卒業してまでブログを読んでおられたこと、

    私のことが記憶にずっと残っていたこと、

    そして心配までしてくれていたこと。

     

     

    心底驚きました。

    そして思いました。

     

     

    「自分って気づいていないだけで、

    知らないところで愛されてるんだな~」

    って。

     

    うちは厳しさもあっただろうに(汗)

     

     

    もちろん家族も心配してくれていますし、

    カウンセリングのお師匠さんも手術が

    成功するよう力添えしてくださっています。

     

     

     

    「愛されていない」の嘘

    今では「愛されている」と感じられますが、

    以前はそれこそ

    「自分なんてどうでもいい人間」

    「誰も俺に本当は興味ない」

    「死んだってどうせ誰も悲しまない」

    なんていじけていた時代もありました<(`^´)>

     

     

    でもね、これ、嘘だったんです。

     

     

    どういう意味かというとそもそも

    「愛されていない」自体が嘘なんです。

     

     

    「愛されていない」と思う仕組みを知れば

    それが嘘だとわかります。

     

     

    ここから心の内側に突っ込んでいきますので、

    自分の心の影(負)の部分と向き合いたくない方は

    以降は読まないことをお勧めします<(_ _)>

     

     

    それでは本題です。

     

     

     

    「愛されていない」の正体

    実は私たちは、

    たとえ一つ一つは小さくても、

    いろんな人たちから関心、ケア、心配を

    日々いただいているものです。

     

     

    でも「愛されていない」に

    囚われているとそれが見えません。

     

     

    なぜ見えないか。

     

     

    それは

    自分が望むほどにはもらえていない

    からです。

     

     

    しかしその「望むほど」の程度が

    たいていは「む~り~」なレベルなんです。

     

     

    ●「みんなから」愛されたい

    ●「誰よりも」愛されたい

    ●「いつでも」愛されたい

    ●「どこでも」愛されたい

    ●「私が『愛されている』と心底

     感じられるほどに」愛されたい

     

     

    そうなんです。

     

     

    私たちが「愛されていない」と

    感じる原因は相手の問題では

    ないんです。

     

     

    実は自分自身の「愛されたい欲」

    過剰に肥大化しているからなんです。

     

     

    たとえばこんな2人を想像してください。

     

    ある人はこう言います。

    「うちの子は親の話ろくに聞かないけど、

    元気に生きてくれているから幸せ^^」

     

     

    ほかのある人はこう言います。

    「うちの子は私の話を時々聞いてない!

    なんでも私の言うこと聞いて!」

     

     

    さてここで問題です。

    子どもの在りようという外的条件は同じですが、

    苦しんでいるのはどちらでしょうか?

     

     

    おそらく後者でしょう。

     

     

     

    「愛されていない」のではなく”渇望”している

    すでにあっても求めがそれを越えていれば

    いつだって

    「足りない!」

    になってしまいます。

     

     

    「足りない!」と思えば思うほど

    「ほしい!」という渇望は強まります。

     

     

    その渇望はさらなる「足りない」を生み、

    やむことのない渇望の悪循環はつづきます。

     

     

    でもどれほど求めても

    人には限界があります。

     

     

    そしてその人それぞれの

    事情というものがあります。

     

     

    それは親(子)であろうが

    夫(妻)であろうが同じです。

     

     

    人は意外と自分のことで手一杯なんです。

     

     

    もちろん自力で生命維持ができない

    胎児や乳幼児であれば話は別ですが、

    自分で生命維持できる人間を他者が

    自分を後回しにしてまで満たすなんて、

    もしやっていたらそれこそ不健康です。

     

     

     

    渇望に至った理由

    ではそもそもなぜ

    「足りない!」

    の渇望状態に至ったのか。

     

     

    大きくは2つです。

     

     

    一つ目は私たちACの成育歴に関係します。

     

    *大切に扱ってもらえなかった

    *恐怖や恥ばかり与えられた

    *無関心だった

    などなど

     

     

    子どものころに

    「ほしい」レベルを越えた

    「必要!」レベルのニーズを

    満たしてもらえなかった。

     

     

    つまり

    満たされなさ過ぎた

    ことが渇望をつくった一つの理由です。

     

     

    あともうひとつ。

    それはさきほどとは打って変わって

    満たされすぎた

    ことによる渇望です。

     

     

    過保護・甘やかし・過干渉などが

    それに該当しますが、人はあるものを

    もらいすぎるとそれがいつの間にか

    「ふつう」いわゆる「当たり前」

    になるものです。

     

     

    しかし社会では家のなかで

    もらえたほどの関心やケアを

    もらうことはできません。

     

     

    その結果

    「足りない!」となって

    渇望状態に陥るわけです。

     

     

     

    渇望から抜け出すために

    この悪循環のままだと

    ずっと「足りない」「ほしい」に

    支配された人生です。

     

     

    それはとても苦しいことです。

     

     

    ここから抜け出すにはどうすればいいか。

     

     

    悪循環と逆のことをやるといいですね。

    たとえばこんなこと。

     

    ①些細かもしれないけど、

    すでに愛されている証拠を日々探索する

     

    ②「愛されていない」が強まったときは、

    「自分は相手に何を要求しているんだろう?」

    と自問自答する。

    (このとき自分の本音を欺かないのがポイント)

     

    ③相手に対する自分の要求がわかったら、

    「それって現実的?そもそも可能?」

    と現実とすり合わせる。

     

    ④たいていその要求は過剰ですから、

    「無理なものを求めていたんだ」と自分を諫める。

    もし可能なら「そりゃあ、むりだ(≧▽≦)」と笑い飛ばす

     

    ⑤人から満たしてもらう代わりに

    自分で自分を満たすことをやる。

     

     

     

    「自分を満たす」の注意点

    小さくていいから自分が

    「いい感じ」になることを増やしたいですね。

     

     

    とはいえ

    ●コスト(経済的・時間・労力)がかかる

    ●副作用がある

    ●周りに害を及ぼす

    ものは見なおした方がいいかもです。

     

     

    この言わば「愛されたい病」を治すには

    仏教でいうところの

    知足(足るを知る)

    が必須です。

     

     

    知足が身に着くと、

    周りへの感謝が生まれます。

     

     

    周りへの感謝が生まれると、

    人づきあいがとても楽になります。

     

     

    そこに生きやすさがあります。

     

     

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

    2019年04月11日(木) カテゴリー: 「愛着の傷」回復Tips
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