アダルトチャイルド(アダルトチルドレン)支援センター 福岡【トリフォリ】

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  • 「わが子が大好き」の落とし穴

    こんにちは。

    高澤信也です。

     

    この記事を読まれている方には

    子育て中の親御さんも多いかと思います。

     

    私も目下子育ての真っただ中。

    日々格闘(汗)しております。

     

    なんで大変かって?

     

    それは

    「思い通りにならない」

    からですよね。

     

    とはいえわが子大好き!

    目の中に入れても痛くない!

    なんて言葉は本当だな~って痛感。

     

    それどころか

    わが子の命と引き換えなら

    自分の命だって差し出せる。

     

    そこまで思える

    尊くて愛しい存在です。

     

    しかしながら、

    この「愛しさ」である愛が

    一方で子育てを難しくもするんです。

     

    今日はそんなお話です。

     

    これまでの相談事例から

    これまで相談に来られた親御さんのなかには

    子どもを怒鳴ったり手をあげたりといった方が

    少なからずおられました。

     

    はたから見ると愛情不足みたいに

    思わる方も多いようですが、

    実際は子どもを愛しているケースが

    ほとんどです。

     

    子どもは愛している。

    その子を怒鳴ったり叩いたりする。

     

    これって相反する感じがするでしょうか。

     

    愛情がもたらす副作用

    愛は大切だという前提が

    世の中では一般的かと思います。

     

    確かに愛情は大切ですが、

    一方で愛が子ども(相手)を苦しめることが

    少なくありません。

     

    それはたとえばこんな仕組みです。

     

    わが子を愛している。

    だから、、、

    傷ついてほしくない。

    嫌な目に遭ってほしくない。

    損してほしくない。

    それが不安でたまらない。

    子がそんな目に合わないよう、、、

    親が子どもの課題を肩代わりしてしまう。

    子どもの課題に介入してしまう。

    あるいは

    「ああしなさい、こうしなさい」

    と事細かに指示命令したり

    「あれしちゃだめ、これしちゃだめ」

    と過剰に禁止する。

    (無力感を学習していなければ)

    子どもは抵抗・反発する。

    親が自分の不安を処理できなければ

    力を加えてでも子どもを変えようとする。

    それが時に怒鳴る、叩くへ。

     

    「愛」という名の支配

    愛情は子どもを守り育みます。

     

    ただよくよく自制していないと

    愛は容易に「執着」に形を変えていきます。

     

    執着は容易に侵入や支配へと

    形を変えるでしょう。

     

    その結果、その子の

    「らしさ」や「自由性」を

    奪いかねないという側面ももっています。

     

    相談に来られる方の半分くらいの方は

    「私は愛されてきました」

    「別に虐待を受けていません」

    「だからACではないかもしれません」

    などとなぜかおっしゃいます。

     

    これは先の

    「愛という名の支配」

    によって苦しみを抱えた方たち

    なのかもしれません。

     

    愛するからこそ

    私も子育て中だからこそ

    日々実感しています。

     

    かわいいわが子には

    できれば幸せであってほしい。

    不幸な目に遭ってほしくない、と。

     

    だけど

    その愛するわが子は自分の力で

    この社会の中で生きていかねばならない。

     

    とすると

    私たち親がなすべきは

    庇護することよりも、

    社会の中で生きていける力を

    身に着けるためのお手伝い。

     

    そこを育むには、

    わが子を愛するからこそ

    執着しない努力

    が必要なのだと思います。

     

    どうすれば執着せずに済む?

     

    それは自分のニーズが満たされていること。

     

    パートナーがいれば

    パートナーとのより良い関係。

     

    バートナーがいなければ

    1人でいいので他者との親密な関係。

     

    親自身が、、、

    *安全で

    *安心できて

    *自分でいられて

    *自分をオープンにできる。

     

    そんな居場所が必要です。

     

    そんな居場所があれば

    私たち親がまず安定します。

     

    その「親の安定」が結果的には

    ★安心・安全・自分らしさ

    を子どもに提供できることにつながるから。

     

    こんなことを書くと

    「そんな居場所がないから困ってる!」

    って言われそうですね(汗)

     

    そんな方のためにも

    子育てのワンストップの学校を

    つくりたいんです。

     

    もう少々お時間頂戴しますけれども(^^;)

     

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

     

     

    2018年08月11日(土)

    不安のしくみ

     

     

    こんにちは。

     

    トリフォリ内

    福岡ペアレンティングスクールの

    高澤信也です。

     

    最近動画に目覚めまして、

    3分くらいの短い動画を50本くらい

    アップしようと目論んでおります。

     

    とはいうものの、

    1ヶ月後には心理師の試験。

     

    わたくし残念にも

    勉強停滞の崖っぷち状態( ̄▽ ̄)

     

    ということで今日は(も)勉強ギブアップして

    隙間時間に動画をひとつアップしました。

     

    テーマは「不安のしくみ」

     

    不安ってどんなふうに湧いてくる?

    どんな対処をするといいの?

     

    深く突っ込んだ内容ではないですが、

    軽く取り組めそうな提案もお伝えしてます。

     

    よろしかったらどうぞご覧ください。

     

     

     

    チャンネルURL https://goo.gl/9ARfZ8

     

     

    2018年08月03日(金)

    不安を感じたくない!

    こんにちは。

    高澤信也です。

     

    今日のテーマは過度な不安について。

     

    日常生活の多くを不安に苛まれ、

    それに困っている方のご相談は少なくありません。

     

    ではなぜそんなに不安になるのか?

    なぜそれが繰り返されるのか?

     

    それを事例でご紹介します。

    (ある特定の方の事例ではないことをご理解ください)

     

    事例:A子さんとB子さんの現状

    【A子さんの事例】

    人の中にいるとすぐ不安になる。

     

    「批判されるんじゃないか」

    「拒絶されるんじゃないか」

     

    そんなセリフが頭をよぎっては

    居ても立っても居られなくてその場から逃げる。

     

    こんな状態だから人の力を借りることもできず、

    自分一人では困難のことであっても自力だけで

    なんとかクリアしようと頑張る。

     

    そんなことを繰り返してきたそうです。

     

    ・・・・・・・・・

     

    【B子さんの事例】

    A子さんとは反対に

    ひとりでいるとすごく不安になる。

     

    不安が湧くと自分では対処できず、

    友人や家族や同僚をすぐに頼る。

     

    話を聞いてもらうとその時は落ち着くものの、

    似たような状況になるとまた不安に襲われる。

     

    そしてまた人を頼る。

    こんなパターンの繰り返し。

     

    ・・・

     

    このお二人、パターンこそ大きく違っても

    訴えは全く同じものでした。

     

    「不安を感じなくなりたいんです!」

     

     

    不安の原因

    ところでこのお二人、

    どうしてこんなに不安が強くなったのでしょう。

     

    まずはA子さん。

     

    子ども時代の話を聞くと、

    両親ともに虐待的だったそうです。

     

    事あるごとに怒鳴ったり叩いたり。

    その理由もよく分からなかったそうです。

     

    この環境で生き延びるために、

    子ども時代のA子さんは常に

    「安全か?危険か?」

    にアンテナを張り続けていました。

     

    その結果いつも

    「何か嫌なことをされるんじゃないか?」

    と予測するクセがついていたようです。

     

    なかなか人を信じることができない。

    だからいつも不安だったわけです。

     

     

    次にB子さん。

    子ども時代の話を聞くと、

    別に虐待があったわけではない。

     

    むしろ反対に過保護であったと。

     

    そんな環境であれば

    A子さんのようにアンテナを張らずに済みます。

     

    ただその一方で「自分の世話(ケア)を自分でする」

    ということに取り組む必要がなくなります。

     

    たとえば不安になっても

    親がその不安を肩代わりしてくれたりします。

     

    これは一見良い関わりのようですが、

    子どもが「自分で自分のケアをする」

    という練習をする機会が失われています。

     

    自分のケアには

    *感情のケア

    という大切なものも含まれています。

     

    つまり、

    過度の肩代わりによりセルフケアの力が育たず、

    その結果自分で不安を処理できなくなったわけです。

     

     

    ふたりの共通点

    訴えは同じでも

    現状も原因もかなり異なるA子さんとB子さん。

     

    ですが大きな共通点もあります。

     

    それはどちらの親も

    *子どもの力を信じて委ねる

    というかかわりが不足していたこと。

     

    この信頼はすごく大切ですが、

    親の力量が問われるかかわりでもあります。

     

    なぜ大切かというと

    これが子どもの2つの

    *じりつ

    を育てるから。

     

    ひとつは「自律」を。

    もうひとつは「自立」を。

     

    残念ですが、

    A子さんもB子さんも子ども時代に

    *じりつ

    のタネをもらってなかったんですね。

     

     

    不安にどう対処すればいい?

    さて、

    現状も原因も異なるA子さんとB子さん。

     

    対処ももちろん異なってきます。

     

    A子さんに必要なことは

    「人は思うほど悪い人ばかりじゃない」

    「自分を大切にしてくれる人もいる」

    なんてことが少しずつ信じられるようになること。

     

    一方B子さんに必要なことは

    「自分にだって力はある」

    「ひとりで生きていくことだってできる」

    なんてことが少しずつ信じられるようになること。

     

    行動面では

    A子さんは人を頼ることが大切。

    B子さんは反対に「自分のことは自分で」が大切。

     

    不思議に見えるかもしれませんが、

    たとえ訴えは同じであっても

    まるで正反対のことが助けになるわけです。

     

     

    まとめ

    不安はとっても不快な感情。

    だけど「何を備えればいいか」を教えてくれる

    とても大切な感情。

     

    不安を消すための努力は、

    解決すべきことを見えなくしてしまいます。

     

    不安の対処で大切なことは

    不安を「消す」「避ける」ではありません。

     

    不安という感情を抱え(味わい)、

    そこから「何が必要か」を学び、

    不安という感情を消化することを経て

    必要なものを行動により備えていく。

     

    その先には不安の正反対の

    *安心

    が待っています^^

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

    2018年07月31日(火)

    生きにくさの根っこ

     

    こんにちは。

    たかざわしんやです。

     

    今回は、

    生きづらさを抱えた状態で子育てなさっている

    親御さん向けのメルマガを転記しました。

     

    あっさり書くつもりが

    4000字近い長文になってしまって

    自分でもびっくり(@_@;)

     

    それでは本文をどうぞ。

     


     

    こんにちは。

    福岡ペアレンティングスクールの

    たかざわしんやです。

     

    今日のテーマは

    「生きにくさの根っこ」

    です。

     

    私たちは無意識のうちに

    生きにくくなってしまう

    負のプログラムをもっていますが、

    それ自体に気づいていません。

     

    無意識のプログラムの多くは

    子ども時代に形成されています。

     

    そこで今回は私の事例をもとに

    子ども時代の体験~大人になったときの影響

    を時間の流れに沿ってお伝えしてまいります。

     

     

    子ども時代のわが家

     

    今日は週末の夜。

    父が飲みに出かける。

    母がピリピリし出す。

    母の口から父への文句が独り言として漏れ出す。

     

    「ああ、きょうもきっとだめだ…」

     

    絶望的な気持ちになる。

     

    そして深夜、

    タクシーが家の前で止まる音が聞こえる。

     

    「おとうさんが帰ってきた…」

     

    心臓が割れてしまうんじゃないかと

    思えるほど鼓動が早まる。

     

    全身に力が入る。

    何も考えられずからだは固まったまま。

     

    そして父が玄関を開ける。

     

    「機嫌が悪くありませんように!」

     

    祈りが通じたのか、鼻歌交じりだ。

     

    「よかった。あとはおかあさん!

    ぜったいにおとうさんに文句言わないで!」

     

    そう願ったのも束の間、母が父に嫌味を言う。

     

    父の鼻歌がやむ。

    軽い言い争いが始まる。

     

    「神さまお願いします!

    口げんかで終わりますように!」

     

    でもこの祈りは通じない。

     

    ほどなく聞こえてくるのは…

    父の怒鳴り声

    母のわめく声

    ガラスが割れる音

    よくわからない鈍い音

    そして母の悲鳴

     

    その間ずっと神さまにお願いしている

    「おかあさんが死にませんように!」

     

    しばらくして訪れる静寂。

    全神経を研ぎ澄ます。

     

    「おかあさんは生きてる?死んでない?」

     

    母がさめざめと泣く声が聞こえる。

     

    「ああよかった。死んでない!」

     

    自分がこのとき

    恐怖で全身凍りついていることに

    気付く余裕なんてなかった。

     

    母が生きていてよかった。

    思うのはただそれだけ。

     

    翌日階下に降りていく。

    窓ガラスが割れている。

    母の顔に大きなアザがついている。

     

    何事もなかったかのように

    父は黙って朝食を摂り、

    母は黙って食事をつくっている。

     

    昨日のことを聞きたくても聞けない。

    喉がギューっと閉まって苦しい。

     

    重苦しい空気の中でご飯を食べ、

    学校へと向かう。

     

    何年もこんなことの繰り返し。

     

    時には暴れる父に飛びかかることもあった。

    だけど子どもの自分は一発で吹っ飛ばされる。

     

    それだけならまだマシ。

    父は私の(父が思う)愚行にさらに激怒し、

    母を怒鳴る、叩く、蹴る。

    時には髪の毛を掴んで引きずり回す。

     

    助けたくても助けられない。

    そんな力はどこにもない。

     

    かわいそうな母がいたたまれなくて、

    これ以上苦しめたくなくて、

    子どもながらに懸命に頑張る道を選んだ。

     

    それはたとえば

    欲求があっても訴えない。

    悩みがあっても打ち明けない。

    心配事があっても平気なフリ。

     

    助けられないなら

    せめて負担をかけないという生き方。

     

    もっと頑張ったことは

     

    「もう辛い。もう嫌。お父さんと別れたい…」

     

    そう嘆く母の話をたくさん聞いた。

    たくさん励ました。

    自分は大丈夫だから別れていいよと何度も告げた。

     

     

     

    誤って信じ込んだ自滅的信念:スキーマ

     

    母の苦しみを少しでも取り除きたくて

    子どもの自分にできる精一杯を頑張った。

     

    だけど決まってかえってくるセリフは

     

    「お前が小さいから別れられない」

     

    そう言って嘆く母。

     

    繰り返されるこの言葉に絶望し、

    いつしかこんな思い込みを強めていた。

     

    「おかあさんが苦しいのは自分のせい」

    「自分が生きているからおかあさんは苦しいんだ」

    「自分は生きてちゃだめな人間なんだ」

    「生まれてきちゃいけなかったんだ」

     

    この思い込みは心の一番深いところに沈み、

    心の中での「事実」と位置付けられた。

     

    「私は生きる価値のない人間」

    「生きているだけで人を苦しめる欠陥人間」

     

    これがその後の人生に渡って

    影響を与え続ける地雷となった。

     

    ───────────────────────

     

    このように心の奥深くに沈み、

    まるで事実のように機能する思い込み(信念)を

    【(早期不適応的)スキーマ】と呼びます。

     

    先のような体験の中で

    子どもの私が誤って信じ込んだものの一つが

    「私は欠陥人間」

    という漠然としたものでした。

     

    こんなものが自分の中にあると気づくはずもなく、

    それを抱えたまま年を経ていったのです。

     

     

     

    自滅的信念の影響

     

    子どもの私が誤って信じ込んだ

    自滅的信念(スキーマ)はこんなものでした。

     

    「ダメ人間の自分じゃ誰からも必要とされない」

    「必要とされるためには人の役に立たなくちゃ!」

     

    まるで母を助けたかった子どもの自分のごとく

    ・困っている人

    ・苦しんでいる人

    を目にするたびにひどく焦る自分。

     

    その人からの求めもないのに

    「大丈夫ですか?」

    「お手伝いしましょうか?」

    などと声をかけていました。

     

    企業務めをしたときも同じで、

    自分のことはもちろん全力で頑張る。

     

    じゃないと周りに要らぬ負担をかけるから。

     

    それ以上にやっていたことは

    しんどそうな後輩や部下にばかり意識が向き、

    放っておけなくて自ら助けを買って出たり、

    上層部の圧力からの盾になったり。

     

    一見男気のある人間みたいですが、

    行動を後押ししているものは「怖れ」。

     

    苦しんでいる人を放っておこうとすると、

    自分がどうしようもないダメ人間に思えてしまう。

     

    それがとても怖かったんです。

     

    この生き方のお陰でできることは増えました。

    いろんな力も身につきました。

     

    ですが、いくら努力しても

    「自分はダメ」

    という感覚はなかなか消えなかったんですよね。

     

    これがスキーマの根強さだったのでしょう。

     

     

    ほんとうにほしかったもの

     

    ところで

    私が子どもの頃にほしかったものは

    何だと思いますか?

     

    それは

    *愛されたい

    とか

    *褒めてほしい

    とかではありませんでした。

     

    そんなものはもっと後でよくて、

    その時点で望んでいたものはもっとシンプルな

     

    安心安全

     

    日々の暮らしを

    ただ穏やかに過ごしたかった。

    それだけだったんですよね。

     

    全ての子どもには

    感情的なニーズ

    というものがあります。

     

    それはこういったことを

    感覚的に信じられるようになる関わりです。

     

    「私は愛されている」「大切な存在」

    「私には力がある」

    「人は信頼できる」「この世界は安全」

     

    こういったことを信じられたら、

    子どもはもちろん、

    大人の私たちも人生が生きやすくなるって

    想像は容易にできるのではないでしょうか。

     

    ───────────────────────

     

    さて、今回お伝えしたことは

    1)子ども時代の傷つき体験

    2)その体験により誤って生まれる自滅的信念(スキーマ)

    3)その信念によるマイナスの影響

    4)傷つき体験から判明した

     「満たされなかったニーズ(=満たしたいニーズ)」

     

    子ども時代から現状まではトータルで振り返ることで

    *自分を苦しめてきた信念の正体

    *「自分はダメ人間じゃなかった」という気づき

    *本質的に自分を満たしてくれるもの

    に私は気づくことができました。

     

    そのお陰で生きることが

    以前とは比べ物にならないほど楽になりました。

     

    え?

    だったらだめなところは無くなったかって?

     

    いえいえ!

    そんなものはいくらでもありますがな。

    ひじょーに残念ですが( ̄▽ ̄)

     

    とはいえ大きく違うことがあります。

     

    それは、

    そのだめな自分も大切な自分の一部。

    こう思えるようになったこと。

     

    ことわざにある

    「ばかな子ほどかわいい」

    っていうやつではないでしょうか(o^^o)

     

    最後に、

    今回の事例をお伝えした目的は、

    つらくても過去に向き合いましょう!

    ということでは全くありません。

     

    誰にもこういった仕組みで

    生きづらさが生まれるということ。

     

    人生がうまくいかないのは

    「自分がダメだから」ではないこと。

     

    それなりの背景が必ずあるということ。

    だから自分を責める必要はないということ。

     

    そんなことをお伝えしたかったのです。

     

    このメルマガを読んでおられるあなたは

    おそらく子育て真っ最中だと思います。

     

    もしそうであれば

    「ダメじゃない親になる」を目指すのではなく、

    「ダメな部分も自分の一部」と自分を許せる工夫を

    してほしいと願っています。

     

    あなた自身が生きづらさから卒業できますように。

    そのお陰でお子さんが子どもらしく生きられますように。

    そのうえで親子のつながりを楽しめますように。

     

    心からそう祈っています。

     

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

     

     

    2018年07月27日(金)

    YouTubeはじめました。

    たかざわしんやです。

     

    子育て中のおかあさん・お父さんに向けて

    怒りをリセットできるようになる

    オンラインスクールを作成中ですが、

    それと別に無料の短い動画をブログみたく

    発信することにしました。

     

    今のところ動画は1本(自己紹介)のみ、

    視聴者も自分のみという寂しい現状( ̄▽ ̄)

     

    ということで

    よろしかったらご覧くださいませ。

    ↓でチャンネル登録していただけたら尚うれし(^^;)

    福岡ペアレンティングスクール YouTubeチャンネル

     

     

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

    2018年07月23日(月)
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