アダルトチャイルド(アダルトチルドレン)支援センター 福岡【トリフォリ】

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  • 生きづらいまま子育てしているおかあさん・おとうさんへ

     

    こんにちは。

     

    カウンセリングオフィス トリフォリ改め、

    ファミリーカウンセリング トリフォリの高澤です。

     

    このコラムを読んでくださっているということは、

    あなたは今子育て奮闘中のおかあさんやおとうさんでしょうか。

     

    日々の子育てお疲れさまです!

     

    子どもは基本、感情や欲求で動くモンスター(汗)

     

    言いなりになんてなるはずもなく、

    それだけで子育てはとっても大変ですよね。

     

    心中お察しいたします^^;

     

    ちなみにわが家でも、

    子育てはたいへんだけど楽しい。

    楽しいけどたいへん。

    そんな日々でございます。

     

    たいへんながらも子育てを楽しめるといいのですが、

    もしもそこに

    「乳幼児期の影響は大きい!」

    なんてセリフが耳に入ってきたりすると、

    「ちゃんと育てなきゃ!」

    と大きなプレッシャーが加わるかもしれません。

     

    そうなるとたいへんさのほうが勝ることも。

     

    さらにもしもそこに親御さん自身が

    生きづらさ

    を抱えたままだったらどうでしょうか。

     

    そのたいへんさは一気に何倍にも膨れ上がることでしょう。

     

    そのままでは育てる側も、育てられる側も、

    どっちもしんどい…

    なんてことになりかねません。

     

     

    そこで、そのしんどさを少しでもサポートしたいなとおもって、

    「子どもに『生きづらさ』を連鎖させない7つの方法」

    というタイトル(仮)の講座を現在つくっています。

     

    とくに子どもが小さくて手が離せないおかあさんたちは、

    会場に出向いて受講なんてことは難しいですから、

    家で受講できるようオンライン講座でつくっています。

     

    順調にいけば2018年3月〜4月頃に完成しそうです。

     

    タイトルを見てみて興味ありますか?

     

    興味がある方にはこれができあがったらプレゼントしようと思います!

    現時点では抽選で10名の方にプレゼント予定です。

    (当選者に後日費用を請求するなどといったことは一切ありませんので安心して応募してください)

     

    「ほしい!」と思った方は次の流れで応募してくださいね。

    *注:一つでも未記入項目があるとプレゼントできませんのでご注意ください。

     

    <応募の流れ>

    1 ここ(お問い合わせフォーム)をクリック

    2 フォームに必要事項を記入

    ・お問い合わせ内容:「その他お問い合わせ」を選択

    ・[お名前][フリガナ][メールアドレス]を記入

     (電話番号は全桁ゼロ入力で構いません)

    ・ご希望の連絡方法:「E-MAIL」を選択

    3 「ご質問・相談内容」記入欄に次の質問への回答を記入(必須)

    子育てやそれにまつわることで

    ①「困っていることは何ですか?」

    ②「なぜそれに困っているのですか?」

    4 送信する

     

    応募締め切りは

    【2017年12月25日(月)】

    です。

     

    当選者にはメールで個別にご連絡いたします。

    お知らせの時期は年が明けた1月の中旬ころを予定しています。

     

    生きづらさを抱えたながらも子育てに奮闘している

    おかあさん・おとうさんからの応募を待っています!



     

     

     

    2017年12月14日(木)

    人は誰だって大切にされたい

     

    こんにちは。

    カウンセリングオフィス トリフォリ 改め

    ファミリーカウンセリング トリフォリ

    の高澤です。

     

    私は週一回、行政の相談窓口を請け負って

    いるのですが、その仕事に行く前に、毎回

    近所のモスバーガーで朝食をいただきます。

     

    そこのスタッフの方はみなさんとても

    接客が素敵で、人見知りの私ですら

    こちらから話しかけるほど。

     

    いつもこう感じています。

    「大切にしてもらえるな~」って。

     

    だからこそ、私もスタッフの方々を

    大切にしたい気持ちが湧いてきます。

     

    人は大切にされると、

    相手を大切にしたくなるのですね。

     

    大切にされなかった子どもたち

    その子がその子であるだけで素晴らしい。

     

    本気でそう思うのですが、現実には

    粗探しされたり、ダメ出しされたり、

    力を軽んじられて侵入・支配されたり、

    力や権威で抑えつけられたり。

     

    こういった扱いを受けた子どもたちが

    「自分は大切な存在だ!」

    と信じるのは難しいことでしょう。

     

    「自分は大切な存在」と信じられないと、

    人が自分のことを大切に扱ってくれても

    素直に受け取ることができません。

     

    なぜなら

    「私は大切にされるほど価値はない」

    と思い込んでいるから。

     

    そうなると人の善意すら裏読みしたり、

    悪意や敵意に読み替えたりしてしまう

    かもしれません。

     

    その結果

    「人は信用ならない」

    と思い込んでしまうかもしれません。

     

    これってとても不幸なことではないでしょうか。

    自分も大切にできない。

    人も大切にできない。

     

    それでは生きづらくもなってしまいますよね。

     

    「大切にされている」の勘違い

    だったら自分を大切にしてくれる

    人や場で過ごせるといいですね。

     

    しかしここでひとつ注意点が。

     

    *嫌なことを言われない

    *何でも同意してくれる

    *いつでも同情してくれる

    *嫌な顔一つ見せない

    *たくさん褒めてくれる

    *困ったら言わずとも手助けしてくれる

    *したくないことはしないでも許される

     

    どうでしょうか。

    これってまさに

    「大切にされている!」

    感じがしませんか?

     

    ですが、実はこういった環境でこそ

    「私は大切ではない」

    は強まりやすいのです。

     

    なぜならこういった関わりは

    ではありますが、

    自分で作り出すことができません。

     

    するとこの快を求めて中毒症状に

    至ることがあります。

     

    そのひとつが

    過剰な承認欲求です。

     

    すると困ったことが起こります。

     

    それは

    「承認を得る」

    が目的化するということ。

     

    承認という快を得るためには

    どんな手段を使うでしょうか。

     

    それがたとえば

    ・「いい人」を演じる

    ・相手に合わせる

    ・相手のご機嫌をうかがう

    ・自分のネガティブ感情を否認する

    ・過剰に頑張って「すごい人」を目指す

     

    残念ですが、これでは元の木阿弥です。

     

    「大切にされる」とは

    私自身、子どものころあまり大切には

    してもらえませんでした。

     

    でも一方で甘やかされた部分もありました。

    とても歪な環境です。

     

    そこで受けた影響は

    『強い劣等感』

    『根拠のない尊大さ』

    の併存。

     

     

    「自分なんてどうでもいい」

    「いつ死んでもいい」

    「自分はほんとうはすごいんだ!」

    の同居。

     

    なんともトホホな感じです(;´・ω・)

     

    それが大人になっていくにつれ、

    いろんな人たちとの出会いの中で

    大切にしてもらえる

    という経験をすることができました。

     

    そしてそこには甘やかしはなく、

    厳しさがありました。

     

    「やるべきことはやりなさい」

    「自分のことだから自分でやるんだよ」

    「人のせいにしても何も変わらないよ」

    「君が逃げるならもう来なくていい」

     

    当時はその厳しさにへこたれそうにもなりました。

     

    ですがそれと同時に

     

    「失敗していいよ」

    「君は君でいい」

    「弱くていい、怖くていい」

    「一緒にやるから」

     

    どれだけ自分がやらかしても、

    自分から目を逸らすことさえしなければ

    ずっと信じて味方でいてもらえました。

     

    だから私には今も

    自分と向き合うことに対しては

    ポジティブなイメージしかありません。

     

    それは

    *甘やかさずにいてくれた

    *見捨てられなかった

    *味方でいてくれた

    つまり、

    大切にされた

    という貴重な経験のお陰です。

     

    そのお陰でそれからは日に日に

    自分を「大切な存在」と信じられる

    ようになりました。

     

    だからでしょうか

    ・自分で自分を貶めること

    ・失敗や不完全さを責めること

    ・投げやりになること

    ・被害者に留まること

    ということから脱却できたのです。

     

    それと同時に

    *人を大切にする

    こともできるようになったのです。

     

    お陰で、世の中の大半を「敵だ!」と

    信じていた私も、今では苦手な人こそ

    いても、嫌いな人はほとんどいません。

     

    これってとっても楽ですね(*^^)♪

     

     

     

     

     

    2017年11月14日(火)

    気づかない心の傷

     

    いつもありがとうございます。

    トリフォリの高澤です。

     

    支援者となって16年ほど経った私も、

    もとは家族トラウマの影響を抱えていました。

     

    トラウマ症状は主に3つありますが、

    昔の私も多分に漏れずその症状を

    抱えておりました。

     

    ①フラッシュバック

    ②神経の過剰な覚醒

    ③フラッシュバックを避けるための

     感情麻痺や刺激の回避

     

    特にしんどかったのが①のフラッシュバック。

     

    子ども時代から思春期までの中で

    わが家で起こった傷つき体験が

    意図しないのに突然

    記憶としてよみがえっていました。

     

    そうなるととても苦しいのですが、

    その記憶を追いやることができない。

     

    これはとてもしんどかったです。

     

    そんな私もお陰さまで今では昔のわが家を

    むしろ懐かしい思い出とできていますし、

    両親のことも愛おしい存在と感じますし、

    あの家に生まれてよかったとも思います^^

     

    もちろんフラッシュバックというものは

    一切ありません。

     

    気づかない傷の蓄積

    過去のトラウマとはおさらばし、

    愛する家族や友人にも恵まれ、

    信念をもってやれる仕事もできている。

     

    とても穏やかで楽な暮らしを送ってきた

    私だったのですが、ここ最近、ある知人の

    方が為してきたこれまでの言動の記憶が

    意図しないのに突然

    よみがえって苦しくなるときがあります。

     

    しかもそれは「怒り」ではなく「痛み」。

     

    でもその方は一般的には人にやさしい人と

    いう認識でしたから、どうしてそうなるかが

    ずっと自分でも不思議でした。

     

    「自分がおかしいのかな?」

    「神さまが自分の課題として示してるのかな?」

    なんてことまで思ったりして。

     

    しかしよくよく振り返ってみて気づきました。

     

    その方のコミュニケーションには、

    復讐的コミュニケーションというものが

    含まれていたことに。

     

    人は人とコミュニケートするとき、

    「ここはこうしてほしい」

    「これはしないでほしい」

    という依頼を主張することがあります。

     

    その伝え方には4つのやり方があります。

     

    ①主張的コミュニケーション

    自分の伝えたいことは伝えるが、

    相手を傷つけない伝え方をする。

    (これが理想的ですね)

     

    ②非主張的コミュニケーション

    自分の伝えたいことは伝えないが、

    相手のことも傷つけない。

     

    ③攻撃的コミュニケーション

    自分の伝えたいことは伝えるが、

    相手のことを傷つける。

     

    ④復讐的コミュニケーション

    自分の伝えたいことは引っ込める一方、

    相手を傷つけるやり方をする。

     

    私が子ども時代にわが家でしょっちゅう

    喰らっていたやり方は

    ③の攻撃的コミュニケーション。

     

    怒鳴ったり、叩いたり、侮辱したり。

     

    このコミュニケーションのやり方だと

    自分が傷ついていることに気づくことが

    できます。

     

    しかし④で挙げた復讐的コミュニケーション

    だと自分が傷ついていることに気づけません。

     

    だけど痛みだけは感じるので、防衛的に

    なります。(周りには攻撃的に見えます)

     

    何に傷ついているのかに気づけないと、

    それに対処することもできません。

     

    対処することができないと、

    その苦しさもそのままです。

     

    復讐的コミュニケーションは

    「主張しない」

    という特徴がありますから、

    された側が自分が傷ついていることに

    とても気づきにくいのです。

     

    やさしい虐待

    かつての相談者の多くはあからさまに

    よろしくない関わりをする家庭で

    育っていました。

     

    暴力、暴言、無視、ケアをしない、辱めなど。

     

    でも最近ではこういった相談よりも、

    違った相談のほうが多くなっています。

     

    たとえば

    「アダルトチルドレンという人たちと

    同じような症状があるのですが、

    でも私は親に愛されてきたと思うし、

    虐待も受けていないんです。

    だから相談してはいけない人間かも

    しれません」のように。

     

    しかし話を聴いていくと、

    言葉としては親が発していたものは

    「あなたのために」

    「あなたが大事だから」

    といった形のコミュニケーションでは

    あるものの、された側はそれがどうにも

    息苦しい。

     

    だから「ノー(嫌だ)!」を主張する。

     

    だけどそうすると

    「そんなつもりじゃないのに…」と

    被害者の立ち位置に立たれる。

     

    その結果、

    「自分が悪いんだ」

    「自分がおかしいんだ」

    といった偏った考え方がでてくる。

     

    これはとても厄介な悪循環ですね。

     

    さらに厄介なのは、この復讐的な

    コミュニケーションを用いる本人が

    そのことに気づいていないことです。

     

    やっている側も、やられた側も

    気づけない。

     

    これってお互いにとって

    とても不幸なことではないでしょうか。

     

    ところでこのありようって、

    まさに過保護や過干渉の典型ですね。

     

    だからでしょうか、過保護・過干渉を

    やさしい虐待

    と呼ぶ方もいるくらいです。

     

    傷つきへの対処法

    さて、ここで示してきたように、

    どうやら私は冒頭の方との関係での

    ダメージが蓄積していたようです。

     

    それに気づかずにきたため、

    ここ最近軽いフラッシュバック

    状態に陥っていたようで_| ̄|○

     

    現実的に少し距離を取るという

    対処法もありますが、その選択は

    事情が許さないと難しいですね。

     

    そう考えると、子ども時代に親との

    関係でトラウマを受けてきたうえに、

    現時点でもその親との関係で苦しみが

    続いていたとしたら、そのしんどさは

    5倍10倍と大変なものではないでしょうか。

     

     

    ちなみに

    *怒り

    *傷つき(痛み)

    には違いがあります。

     

    怒りはその相手が目の前から

    いなくなれば収まりますが、

    傷つきは相手がいないときにも

    その苦しさはつづきます。

     

    これこそがフラッシュバック

    なのかもしれません。

     

    さてさて、この苦痛をそのままに

    しておくのはさすがにしんどい。

     

    ということで、ここから何回かに分けて、

    私がこの傷つきにどう対処しているかを

    お伝えしていきます。

     

    トラウマ対処のお話です。

     

    ではまた次回お会いしましょう(*^^)b

     

     

     

     

     

     

    *

     

     

     

    2017年11月06日(月)

    10月グループセラピー:自分を好きになるために

     

    こんにちは。

    トリフォリの高澤です。

     

    今日は毎月一回開催している

    グループセラピー

    の日でした。

     

    2人はお仕事で来れなかったものの、

    新規参加もあって今日は全部で6人。

     

    個人的には6人~8人くらいのグループが

    一番うまい具合に機能するように感じます。

     

    今日のテーマ

    先月のグループでは

    *自分が生きにくくなった仕組み

    *自分を好きになること

    をみんなで共有しました。

     

    今回はそれに引き続いて

    自分を好きになっていくための方法

    を共有しました。

     

    その流れをおおまかに言うと、、、

     

    ①安全な場で「知られたくない」自分を開く

    (隠すのではなくオープンにする)

    ②人に受け入れてもらう体験をする

    ③「自分そんなに悪くないかも」と思える

    ④自分や他者への信頼感が徐々に育つ

    ⑤ちょっとずつ自分が好きになっていく

     

    この流れに乗るためには、、、

     

    具体的な進め方

    そもそも①の「自分を開く」を

    やろうにもそれがまず怖い。。。

    めっちゃ勇気がいる。。。

     

    勇気を大きくくじいている

    ものの正体とは

    『シェイム(存在の恥)』

     

    シェイムは

    *隠す→強まる

    *開く→弱まる

    という性質をもっています。

     

    この仕組みを知った上で、

    開いていけば弱まるのがシェイム。

     

    まずは理解することから始めます。

     

     

    とはいえ、それでも

    「自分を開く」

    ことってとても勇気がいります。

     

    その怖さを和らげるための安全策が

    『理解してくれる仲間』

     

    同じ痛みをもつグループを編成するのは、

    「安全基地」という機能を備えたいからなんです。

     

     

    シェイムの仕組みを理解して、

    その上で安全基地で少しずつ

    『自分を開いていく』

     

     

    その安全基地の中であれば、

    これまで隠してきた自分の部分も

    『受け入れられる』

    という体験が得られる。

     

     

    そういうことを繰り返していくなかで

    『自分ってそんな悪くないのかも』

    と思えるようになる。

     

    この辺りまでくると、

    シェイム君の力はかなりしょぼしょぼ 汗

     

     

    これまでのグループのメンバーも、

    安全基地で自分を開き、

    仲間から受け入れられ、

    勇気が少しずつ育まれ、

    信頼関係が育まれ、

    その結果生きやすくなって

    卒業を果たしていかれました。

     

     

    だからでしょうか、

    卒業時には

    「先生のお陰で」という人はほぼなく(汗)、

    「みんなのお陰で」という人が大半。

     

     

    安全基地の中で

    自分自身で「ある」 Be

    ことを通じて、

    少しずつ、でも着実に

    生きやすさ

    が手に入っていくようです。

     

     

    もちろんその流れの中で

    ________________

     ★自分の力(リソース)★

     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

    を明確にすることは欠かせませんね。

     

     

    さてさて来月は更に親密性を深めるべく

    グループ恒例イベントの懇親会を開く

    予定です。

     

    これが何より楽しみな私です(≧▽≦)

     

     

     

     

     

     

    2017年10月21日(土)

    「変わりたいのに変われない」

     

    こんにちは。

    トリフォリの高澤です。

     

    写真は先週末に参拝した恋木(こいのき)神社です。

    筑後船小屋(福岡)あたりにある神社で、

    恋愛の神さまとして有名らしいです。

     

    息子も今両想いの女の子がおりまして、

    「もっと仲良くなれるように!」

    とお願いしておいでと後押ししてみました(^^;

     

    若き女子たちがたくさん訪れていましたよ。

    恋する乙女はぜひ!

     

     

     

    ところであなたは

    「自分をかえたい!」

    と思うことがありますか?

     

    私はその昔、いろんなところを変えたくて、

    自分なりに必死にいろんなことに取り組みした。

     

    しかし結果は惨憺たるもの。

     

    いや、むしろ悪循環のほうが多かったような( ̄▽ ̄)

     

    仕組みを知らないと、

    自分を変えたくてもなかなか変えられないんですね。

     

    ということで、今回は私のことを事例に使って、

    人が変わらない仕組みと、

    それを変えていくやり方をお伝えします。

     

    変えたい自分

    当時私が変えたいと思っていた中でも特に

    *道徳に反する行為をしている人を見ると猛烈に腹が立つ。

     だけど、ちゃんと注意したくても怖くて注意できない自分

    を変えたいと願っていました。

     

    それができない自分が大嫌いで、

    「意気地なし!」

    「臆病者!」

    「卑怯者!」

    なんて考えがいつも頭をよぎっていました

     

    例えばこんなエピソードがありました。

     

    【出来事】

    電車の中で10人くらいの大学生らしき集団が

    大声で騒いでいる。

    周りの人は露骨に嫌な顔をしているが、

    当人たちは気づいていない様子。

     

    【望み(目標)】

    できることならマナーを守らせたい

    (言い換えると「過ちを正したい!」)

     

    【それを実現するための行動(手段)】

    (本当は口頭で注意したいけど怖くてできないので…)

    席に座ったまま睨みつける

     

    【結果】

    何も変わらない。つまり失敗…

     

    そしてまたいつもとおなじように

    「あー、やっぱり俺は意気地なしの臆病者の卑怯者だ…」

    という考えが浮かぶ。

    その考えを鵜呑みにした結果、気分が落ち込む…

    の悪循環。

     

    さて、この流れのままに自分を変えようとすると

    *もっと強くならなくちゃ!

    とか

    *怖がっちゃダメだ!

    とか
    *注意できる強い男にならなくちゃ!

    という目標に向けて突っ走ってしまいます。

     

    その方向もアリかもしれませんが、

    それだと今の自分を否定したままですし、

    動機づけが恐れですのでなかなか行動に至りません。

     

    ところで私はこの変な仕組みをどうやって

    身につけたのでしょう…

     

    仕組みの大元

    さっきのような場面に遭遇するたび、

    不思議といつも昔のある場面が脳裏をよぎっていました。

     

    【出来事】

    5歳くらいの自分。

    怖がりの私を兄と姉が羽交い締めにして、

    ホラー映画が流れテレビ画面に押し付けている。

    「弱虫」「ビビリ」「気持ち悪い」と

    笑ってはやし立てている。

    怖さと悔しさで「やめろー!するなー!」と

    暴れながら泣き喚く自分。

    両親は口では「やめなさいと」と言っているが

    笑ってばかりで助けてくれない。

    兄と姉はさらにエスカレートしていく。

    (映像はここで終了)

     

    この体験を先ほどの大学生との事例みたく分解してみました。

     

    【目標】

    嫌なことをやめさせたい

    (=過ちを正したい)

     

    【手段】

    大暴れ+「やめろーっ!」と泣き喚き

    (直接的な反撃)

     

    【結果】

    むしろエスカレート。つまり失敗…

    そしてこんな思い込みをつくりました。

     

    ・「自分は無力」

    ・「人は平気で嫌なことをする」「信用ならない」

     「誰も助けてくれない」

     

    さらにこの体験からこんなものも得ました。

     

    【教訓】

    「強くならなくちゃいけない!」

    「人をあてにしてはいけない!」

    「自分のことは自分で守るしかない」

    「危険は自力で排除しないといけない!」

     

    これって先ほどの大学生との事例と丸かぶり…。

     

    もしかすると今の生きづらさは、

    子ども時代の問題への対処の仕方を

    大人になった今も使っているから、

    ということなのかもしれません。

     

    そこで改めて大人になった自分で

    「自分は何を変えれば自分を助けられる?」

    と考えてみました。

     

    その結果は、、、

     

    自分の何を変えればいい?

    感情の使い方を変える

    当時の自分は本当は怒っていたわけではなく、

    悲しかっただけ。

    だからこれからは同じような場面では

    怒りを使うことをやめて悲しみを利用していく。

    (大学生の事例みたいな場面だと

    <残念>も活用できそうです)

     

    フォーカスを当てる対象を変える

    不快なのは自分自身だから、

    フォーカスは相手ではなく自分に当てる。

    相手を変えようとするのをやめて、

    代わりに自分で自分の気持ちをなだめられる

    自分助けのワザを身につける。

     

    対処行動の仕方を変える

    ・直接的な害がないときは、

     自分からその場を離れる(タイムアウト)

    ・害が直接自分に及んだ時には、

     冷静に「やめてくれますか?」と依頼する(アサーション)

     

    このやり方は、前のよりは大人の対応ですし、

    これができると

    「自分ってそんなに悪くない♪」

    と思えそうですね。

     

    ということで、こんなことに取り組んできた結果、

    同じような場面でもいまではしんどさ2割程度!

    くらいには減りました。

    かなり楽です~^^

     

    改めて「自分を変える」ということ

    私たちは自分の劣等感に直面した時、

    それを

    「変えなくちゃ!」

    と考えがちではないでしょうか。

     

    しかし実は、劣等感の強さは

    「理想の高さ」

    と正比例関係なのです。

     

    見直すべきは劣等感ではなく、

    この「理想像」なのだと思います。

     

    たとえば「弱い自分はダメ」と

    劣等感を感じている私が、、、

     

    「せめて『嫌だ』くらい言えるようになる!」

    程度の目標だと現実的ですね。

     

    一方それが

    「恐れを感じない自分になる!」

    だとさすがに到達困難。

     

    このままでは強い劣等感にさらされ続ける

    ことになってしまいます。

     

    ということで、この

    理想の自分

    が過度になっているのであれば、

    そこを再検討することが

    ありのままの自分を愛する

    という自己受容につながっていくのだろうと思います。

     

    私たちはもう大人ですもの。

     

    子ど時代のやり方を手放し、

    今の自分の持てる力を活用すれば、

    多くの生きづらさは解決できると

    私は確信しています。

     

    そうやって、生きとし生けるものすべてが

    幸せになれると素敵だなぁと願うばかり(^^)

     

     

     

     

     

    2017年10月10日(火)
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