アダルトチャイルド(アダルトチルドレン)支援センター 福岡【トリフォリ】

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    こんにちは。

    トリフォリの高澤です。

     

    写真は先週末に参拝した恋木(こいのき)神社です。

    筑後船小屋(福岡)あたりにある神社で、

    恋愛の神さまとして有名らしいです。

     

    息子も今両想いの女の子がおりまして、

    「もっと仲良くなれるように!」

    とお願いしておいでと後押ししてみました(^^;

     

    若き女子たちがたくさん訪れていましたよ。

    恋する乙女はぜひ!

     

     

     

    ところであなたは

    「自分をかえたい!」

    と思うことがありますか?

     

    私はその昔、いろんなところを変えたくて、

    自分なりに必死にいろんなことに取り組みした。

     

    しかし結果は惨憺たるもの。

     

    いや、むしろ悪循環のほうが多かったような( ̄▽ ̄)

     

    仕組みを知らないと、

    自分を変えたくてもなかなか変えられないんですね。

     

    ということで、今回は私のことを事例に使って、

    人が変わらない仕組みと、

    それを変えていくやり方をお伝えします。

     

    変えたい自分

    当時私が変えたいと思っていた中でも特に

    *道徳に反する行為をしている人を見ると猛烈に腹が立つ。

     だけど、ちゃんと注意したくても怖くて注意できない自分

    を変えたいと願っていました。

     

    それができない自分が大嫌いで、

    「意気地なし!」

    「臆病者!」

    「卑怯者!」

    なんて考えがいつも頭をよぎっていました

     

    例えばこんなエピソードがありました。

     

    【出来事】

    電車の中で10人くらいの大学生らしき集団が

    大声で騒いでいる。

    周りの人は露骨に嫌な顔をしているが、

    当人たちは気づいていない様子。

     

    【望み(目標)】

    できることならマナーを守らせたい

    (言い換えると「過ちを正したい!」)

     

    【それを実現するための行動(手段)】

    (本当は口頭で注意したいけど怖くてできないので…)

    席に座ったまま睨みつける

     

    【結果】

    何も変わらない。つまり失敗…

     

    そしてまたいつもとおなじように

    「あー、やっぱり俺は意気地なしの臆病者の卑怯者だ…」

    という考えが浮かぶ。

    その考えを鵜呑みにした結果、気分が落ち込む…

    の悪循環。

     

    さて、この流れのままに自分を変えようとすると

    *もっと強くならなくちゃ!

    とか

    *怖がっちゃダメだ!

    とか
    *注意できる強い男にならなくちゃ!

    という目標に向けて突っ走ってしまいます。

     

    その方向もアリかもしれませんが、

    それだと今の自分を否定したままですし、

    動機づけが恐れですのでなかなか行動に至りません。

     

    ところで私はこの変な仕組みをどうやって

    身につけたのでしょう…

     

    仕組みの大元

    さっきのような場面に遭遇するたび、

    不思議といつも昔のある場面が脳裏をよぎっていました。

     

    【出来事】

    5歳くらいの自分。

    怖がりの私を兄と姉が羽交い締めにして、

    ホラー映画が流れテレビ画面に押し付けている。

    「弱虫」「ビビリ」「気持ち悪い」と

    笑ってはやし立てている。

    怖さと悔しさで「やめろー!するなー!」と

    暴れながら泣き喚く自分。

    両親は口では「やめなさいと」と言っているが

    笑ってばかりで助けてくれない。

    兄と姉はさらにエスカレートしていく。

    (映像はここで終了)

     

    この体験を先ほどの大学生との事例みたく分解してみました。

     

    【目標】

    嫌なことをやめさせたい

    (=過ちを正したい)

     

    【手段】

    大暴れ+「やめろーっ!」と泣き喚き

    (直接的な反撃)

     

    【結果】

    むしろエスカレート。つまり失敗…

    そしてこんな思い込みをつくりました。

     

    ・「自分は無力」

    ・「人は平気で嫌なことをする」「信用ならない」

     「誰も助けてくれない」

     

    さらにこの体験からこんなものも得ました。

     

    【教訓】

    「強くならなくちゃいけない!」

    「人をあてにしてはいけない!」

    「自分のことは自分で守るしかない」

    「危険は自力で排除しないといけない!」

     

    これって先ほどの大学生との事例と丸かぶり…。

     

    もしかすると今の生きづらさは、

    子ども時代の問題への対処の仕方を

    大人になった今も使っているから、

    ということなのかもしれません。

     

    そこで改めて大人になった自分で

    「自分は何を変えれば自分を助けられる?」

    と考えてみました。

     

    その結果は、、、

     

    自分の何を変えればいい?

    感情の使い方を変える

    当時の自分は本当は怒っていたわけではなく、

    悲しかっただけ。

    だからこれからは同じような場面では

    怒りを使うことをやめて悲しみを利用していく。

    (大学生の事例みたいな場面だと

    <残念>も活用できそうです)

     

    フォーカスを当てる対象を変える

    不快なのは自分自身だから、

    フォーカスは相手ではなく自分に当てる。

    相手を変えようとするのをやめて、

    代わりに自分で自分の気持ちをなだめられる

    自分助けのワザを身につける。

     

    対処行動の仕方を変える

    ・直接的な害がないときは、

     自分からその場を離れる(タイムアウト)

    ・害が直接自分に及んだ時には、

     冷静に「やめてくれますか?」と依頼する(アサーション)

     

    このやり方は、前のよりは大人の対応ですし、

    これができると

    「自分ってそんなに悪くない♪」

    と思えそうですね。

     

    ということで、こんなことに取り組んできた結果、

    同じような場面でもいまではしんどさ2割程度!

    くらいには減りました。

    かなり楽です~^^

     

    改めて「自分を変える」ということ

    私たちは自分の劣等感に直面した時、

    それを

    「変えなくちゃ!」

    と考えがちではないでしょうか。

     

    しかし実は、劣等感の強さは

    「理想の高さ」

    と正比例関係なのです。

     

    見直すべきは劣等感ではなく、

    この「理想像」なのだと思います。

     

    たとえば「弱い自分はダメ」と

    劣等感を感じている私が、、、

     

    「せめて『嫌だ』くらい言えるようになる!」

    程度の目標だと現実的ですね。

     

    一方それが

    「恐れを感じない自分になる!」

    だとさすがに到達困難。

     

    このままでは強い劣等感にさらされ続ける

    ことになってしまいます。

     

    ということで、この

    理想の自分

    が過度になっているのであれば、

    そこを再検討することが

    ありのままの自分を愛する

    という自己受容につながっていくのだろうと思います。

     

    私たちはもう大人ですもの。

     

    子ど時代のやり方を手放し、

    今の自分の持てる力を活用すれば、

    多くの生きづらさは解決できると

    私は確信しています。

     

    そうやって、生きとし生けるものすべてが

    幸せになれると素敵だなぁと願うばかり(^^)

     

     

     

     

     

    2017年10月10日(火)

    ハラスメントという言葉

     

    おはようございます。

    気づけば1か月近くブログ書いてませんでした。

    はたと思い出し、あせあせ書いています(^^;)

     

    ところで、今日はふだん個人的に

    気になっていることを書こうと思います。

     

    正直、これを書くのは少し怖いのですが。

     

    タイトルにも挙げた

    「ハラスメント」

    という言葉。

     

    本来は、相手を

    ・苦しめる

    ・悩ませる

    ・迷惑

    といった意味のようです。

     

    昨今、この「ハラスメント」という

    言葉が本来の意味以上に濫用されて

    いる気がしています。

     

    要は、自分が不快な思いをしたとき、

    その相手がした行為をもって

    ハラスメント

    と呼ぶことには猛烈な違和感を

    覚えます。

     

    相手が何かしらの行為をする

    自分が不快を感じて

    「ハラスメント!」と非難する

     

    もちろん悪意や敵意で人に不快を

    与えたり、傷つけようとすることは

    無いに越したことはありません。

     

    ですが、不快体験や傷つき体験が

    ない社会は理想ではあっても、

    目を見開いて世の中という現実を

    見渡せば、残念ながら至る所に存在します。

     

    虐待も

    いじめも

    言われなき批判も

    理不尽な関わりも

    差別も

    戦争も

    悲しいかなずっとなくなっていません。

     

    それをなくそうというフレーズは

    スローガンとしては美しいのかも

    しれません。

     

    ですが、現実的ではない気がします。

     

    少なくとも私は子どもの親として、

    あるいは人のなかで傷ついてきた方

    たちを支援する人間として、

    「人を傷つけてはいけません」

    とか

    「迷惑をかけてはいけません」

    とは決して言いません。

     

    私たちがどんなに配慮(忖度?)を

    しても、一切の悪意がなくても、

    いやむしろ善意から出る行為でも、

    ときに相手が不快になることもあるし、

    傷つくことだってあるからです。

     

    人間は自分専用のフィルターを

    通してしか物事を見ることが

    できません。

     

    つまり、その自身のフィルターにより

    「不快だ!」

    「傷ついた!」

    となることもたくさんあるのです。

     

    だからこそこう思うんです。

     

    世の中で生きていれば、

    不快も傷つきも避けられない。

     

    だからこそ、

    人から嫌なことをされたら

    「嫌だ!」

    と言葉で伝えよう。

     

    悪気がなくても人が傷ついたら

    「ごめん」

    と言葉で伝えよう。

     

    そしてやり直そう。

     

    忖度などというテレパシーを

    使うのではなく、自分の気持ちや

    思いは言葉を使って伝えよう。

     

    私自身それを大切にしていますし、

    子育ての中でもわが子にこのことを

    繰り返し伝えています。

     

    自分の気持ちや意見を言葉で

    人に伝えるのはとても勇気が

    必要です。

     

    だからこそ相手を変えようとせず、

    自分が本来持っている勇気を賦活

    させることに取り組むほうが何倍も

    有益で現実的だと私は信じています。

     

    とはいえ、相手の行為が社会的な

    無理解やスティグマ(烙印)から

    きているのであればそれは嫌ですね。

     

    たとえば

    性差別やマイノリティ差別

     

    ここに必要なものは理解。

     

    きちんとした理解を広げていく

    ための活動はとても大切と思います。

     

    その一方、不快体験や傷つき体験は

    時に人を成長させる好機にも成り得ます。

     

    体験(出来事)をなくそうとするより、

    その体験を活かせる自分になるほうが

    何倍も有益だと私は思うのです。

     

    以上、すべて主観でお送りしました<(_ _)>

     

     

     

     

     

     

     

    2017年10月06日(金)

    アドラー心理学

     

    こんにちは。

    トリフォリの高澤です。

     

    突然ですが、

    近年はやりのアドラー心理学。

     

    きっかけは

    書籍『嫌われる勇気』

    だといわれています。

     

    自身がアドラーの存在を

    知ったのが15年ほど前。

     

    その時何冊かアドラーの著書を読みましたが、

    なんだか難しくてよく分かりませんでした。

     

    でも気になってネットで調べていると、

    アドラーに関するある団体が検索にヒット。

     

    そこから

    『アドラー心理学教科書』

    なる本を購入。

     

    読むとそれが面白くて、

    ちゃんと勉強したいと

    思った次第でした。

     

    しかしそれも何となく後回し。

     

    そこから10年ほど経った4~5年前に

    もう一回ネットで検索してみると、

    アドラー心理学の学会があるという

    ことを知りました。

     

    そこでその時は思い切って

    基礎講座と応用講座という

    ものをダブルで受講しました。

     

    そのあとは子育て講座の

    パセージとパセージプラスも。

     

    受講して気付いたことは、

    アドラー心理学って

    とてもシンプルだし、

    すごく魅力的。

     

    そんな自分になれたら

    どれだけ素晴らしいか!

     

    でも日常生活で実践するほど

    難しいやら行き詰るやらで

    失敗の連続…。

     

    でもやっぱりその生き方を

    やめたくはなくて自分なりに

    アドラー的生き方をぼちぼち

    継続しておりました。

     

    それで最近気づいたこと。

     

    これまで心理面の援助に必要な

    スキルをいろんなところで学んで

    きました。

     

    *REBT(論理情動行動療法)

    *CBT(認知行動療法)

    *スキーマ療法(認知行動療法のひとつ)

    *交流分析

    *アディクションアプローチ

    *ブリーフセラピー

    *トラウマセラピー

    *ゲシュタルト療法

    *内観療法

    …その他もろもろ。

     

    学ぶことでスキルアップできたし、

    少しは援助する自信も増えたし。

     

    でもつまづくときは決まって

    いつもある一点でした。

     

    それは、

    「何をするか?」(To do)

    ではなく

    「どうあるか?」(To be)

     

    たくさんの学びは

    「何をするか」

    はたくさん増やしてくれました。

     

    ですが、自分が援助者として

    「どうあるか」

    を腑に落ちるまですっきりと

    具体的に示してくれたものは

    アドラー心理学だけでした。

     

    ということでいまは、

    「何をするか?」はいくつかの

    心理療法の技法を使いながら、

    「どうあるか?」については

    アドラー先生の考えを柱にして

    日々歩んでおる次第です。

     

    そのお陰でしょうか、

    仕事に関しては

    「自分と向き合う」

    ことにだけしっかり取り組めば

    あまり悩まなくていいようになりました。

     

    さらには、

    子育てが楽だったり

    楽しかったりという

    おまけまでついてきました^^

     

    そんなアドラー心理学。

     

    昨今のブームのお陰(せい?)か

    たくさんのアドラー本が出ています。

     

    現在は50冊ほど持っておりますが、

    そのなかではこのシリーズ(4冊)が

    個人的におススメです!

    (2だけは支援者向きかもです)

     

    アドラー心理学を語る

    1.『性格は変えられる』

     

    2.『グループと瞑想』

     

    3.『劣等感と人間関係』

     

    4.『勇気づけの方法』

     

     

    これからも未熟ながら、

    自分や周りが幸せになるために

    自分にできることを考えながら、

    自分のTo beを磨いていきたいと

    思っています。

     

     

    2017年09月11日(月)

    「自分は必要とされない」

     

    こんにちは。

    トリフォリの高澤です。

    福岡は今日は暑さが戻ってきました!

    夏大好きの私はお陰さまで元気倍増です(^^;

     

    ところで、昨日のことですが、ある青年との

    カウンセリング開始後ほどなくして…

     

    私「(…沈黙)もうそろそろみたいね」

    彼「はい。自分もそう思ってました」

     

    という会話。

     

     

    これは、もうカウンセリング卒業だよね、

    という意味のやりとりです。

     

    毎度不思議なもので、そのタイミングが

    訪れると、お互い何かが通じ合ったように

    今回みたいなやり取りが自然に起こります。

     

    ちなみにこの青年、最初来たときは不信感も

    自己卑下も強く、とても生きづらい状態でした。

     

    しかも本来は感情豊かな性質なのに、

    それを抑え込んで必死に「頭」で処理しようと

    してきたため、余計に苦悩が増していたのです。

     

    なぜそんなきつい生き方を身につけたかというと、

    家庭の事情で子ども時代に望むようなプラスの

    関心を向けられず、そのときに自分で

    「自分は愛されない」

    「必要じゃない」

    と思いこんでしまってたから。

     

    いわゆるきょうだい児だったのでしょう。

     

    その深いところにある思い込みが人生の

    どこかで、誰かとの出会いで解消されれば

    よかったのですが、残念にもそういった体験が

    得られず、ここまで持ち越してしまったのです。

     

    そんな彼も昨日、今の自分の状態を

    「最近は今までに感じたことない感じ」

    「生まれて初めてこんな感情を豊かに感じる」

    「以前とは正反対。人生がひっくり返った感じ」

    「これからも何か(問題)あっても対処していける」

    などと教えてくれました。

     

    なぜここに到達できたのか。

    それは彼が本来持っている力を自力で

    活用できるようになったからです。

     

    そもそももっている感受性の豊かさ、

    人とつながることを求める愛、

    怖くてもチャレンジする勇気…。

     

    そのほか、元々備え持ついろんな力を

    自分で活用できるようになったからです。

     

    だからでしょうか、この話を聴かなくても

    彼の大いなる変化にはすぐに気づけました。

     

    目にとても強い光を感じていたから。

    例えて言えば「目覚めている」状態。

     

     

    彼を始め、卒業前のみんなが言うには、

    地道な回復過程のなかのある瞬間に突然

    ものすごい変化が起こるそうです。

     

    あまりに変わり過ぎて自分でも

    ついていけないほどだそうです。

     

    私自体はじわじわ変化でしたので、

    ある意味そんな変化をうらやましく感じます。

     

    さてさて、あとは仕上げだけですね。

    一緒にもうひとふんばりしましょうか^^

     

     

    *注

    この事例をブログに載せることについては、

    事前に本人の了解を得ています。

     

     

     

     

     

     

     

     

    2017年09月08日(金)

    「いつも不安です…」

    おはようございます。

    福岡は今日は雨模様。

    夏はどこかへ行ってしまったようです(涙)

     

    私は子どもの頃から雨が降ると憂うつになっていました。

    今はおかげさまで少し気分が落ちる程度ですが、

    昔々のその昔は消えたくなるほど憂うつになることも( ̄▽ ̄)

     

    気分・感情は人の行動に強く影響するようですから、

    感情と上手にお付き合いしたいものですね。

     

    そんな感情ですが、人が生きづらくなっているとき、

    大抵は次の3つが影響しているようです。

     

    ①不安・・・未来を憂いているときの感情です。

    ②怒り・・・今、ここで感じている感情です。

    ③うつ(落ち込み)・・・過去を嘆いているときの感情です。

     

    *個人的には昨日お伝えしたシェイムは

    ③そのものとみなしています。

     

    さて、怒りは「今、ここ」の感情ですので

    対処にはひと工夫が必要です。

     

    しかし不安は「自分が」未来を憂いて

    作り出している感情ですので、あることを

    続けていればさほど影響を受けなくなります。

    (うつもほぼ同様です)

     

    そのあることとは、

    不安を招くような「考え」を手放すことです。

    浮かんでも放っておく。

     

    不安は必ず認知(考えやイメージ)とセットに

    なっていますので、考えを手放せば自ずと不安も

    出てこれなくなるというわけです。

     

    不安を作り出す認知の代表格は「たられば」。

    ・「嫌われたらどうしよう」

    ・「笑われたらどうしよう」

    ・「拒絶されたらどうしよう」

    ・「攻撃されたらどうしよう」

    ・「怒られたらどうしよう」

     

    いくらでも作り出せるので、不安は解消できない

    とんでもない化け物のように思えるかもしれませんが、

    実はその手前にある考えを手放すことができれば、

    不安は出てきたくても出てこれないんですよ。

     

    考えを手放す方法にご興味ある方は、

    *マインドフルネス

    *アクセプタンス

    *森田療法の「あるがまま」

    といったキーワードで調べてみてはいかがでしょう。

     

    いずれもすごく地味な作業ですが、

    パワフルさも結構すごいです!

    ただ、その手前で

    自分のなかのいい感じ

    を育てるともっとパワフルですよ^^

     

     

     

     

     

     

     

    2017年09月07日(木)
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