アダルトチャイルド(アダルトチルドレン)支援センター 福岡【トリフォリ】

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  • ぷちマインドフルネス @12月10日

     

    こんばんは。たかざわです。

     

     

    突然ですがここ数年はやっている

    マインドフルネス

    というものをご存知でしょうか。

     

     

    人が悩んでいるときって、

    意識がいろんなところに

    取っ散らかっております。

     

     

    ひとつは「過去」。

     

     

    まだ処理が終わっていない

    人からされた嫌な体験に意識が向けば

    それは恨みとなります。

     

     

    未完了の自分の失敗に意識が向けば

    それは後悔や落ち込みとなります。

     

     

     

    次は「未来」。

     

     

    まだ訪れていない未来を憂えると

    それは不安や憂うつになります。

     

     

     

    更には「人の頭の中」。

     

     

    「こう思われているんじゃないか?」

    「こう言われているに違いない!」

     

     

    こんなふうに人の頭の中を

    ネガティブに読み取っていると

    それは不信感や猜疑心となります。

     

     

     

    もひとつ「自己イメージの中」。

     

     

    「私はダメな人間」

    「誰からも好かれない」

    「誰からも必要とされない」

     

     

    こんなセリフを鵜呑みにしてしまうと、

    自分を恥じてしまいます。

     

     

     

    マインドフルネスな状態とは、

    過去やら未来やら人の頭のなかやらに

    意識が飛んで行ってしまうのとは

    正反対の状態。

     

     

    意識(注意)が現実である

    「今、ここ」

    に留まっている状態です。

     

     

    意識があっちこっち旅立っても、

    「今、ここ」に戻ってこれたら

    人の心は平安でいられます。

     

     

    それを練習して身につけよう!

    というものが

    マインドフルネス・エクササイズ

    です。

     

     

    とてもパワフルなワザですが、

    即効性がないので地道な練習が

    必要、、、ってのがちょっと難点。

     

     

    で、わたしが個人的にふだんやっている

    マインドフルネス(的?)な口ぐせを

    参考までにご紹介します。

     

     

    自分に含み聞かせるように

    やさ~しく言ってあげてます( ̄ー ̄)ニヤリ

     

     

    個人的にはこれだけでも

    そこそこ役立ってて助けられてます☆彡

     

     

     

    *怒りをかんじたときの口ぐせ

    →「人は思い通りにならんもんねぇ」

     

    ご存知の通り、

    他者を思い通りにはできませんものね。

     

     

    *不安をかんじたときの口ぐせ

    →「先のことはわからんもんねぇ」

     

    これまた同じく、

    未来も望み通りに変えるなんて無理ですもの。

     

     

    *過去を嘆いたときの口ぐせ

    →「時間は巻き戻せんもんねぇ」

     

    これも同じ。

    終わった出来事はどうにもできないですね。

    (捉え方は変えられますけどね)

     

     

    *自分嫌いが発動したときの口ぐせ

    →「人間には限界があるけんねぇ」

     

    人間は誰だって不完全。

    さっきの3つと同様に

    自分を理想通りの人間にするのは難しいものです。

     

     

    ところで私は締めのセリフとして

    こんなフレーズをちょいと父性的に

    言って自分を諭したりしてます。

     

     

    「気持ちはわかるよ。

    でもさ、変えられんもんは

    変えられんとよ♪」

     

     

    以上、一応書いてみましたが、

    あなたのお役に立つかどうかは

    責任持てませんのでご容赦を(`・ω・´)ゞ

     

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

     

    2018年12月10日(月)

    「共感」の意味 @12月6日

    こんばんは。

    たかざわです。

     

     

    昨日本棚から↑の本を

    数年ぶりに引っ張り出して読んでいました。

     

     

    その本を読んでいると、

    ある方と数年前に交わした会話を

    ふと思い出しました。

     

     

    その方はとある理由で

    まだ幼いわが子を亡くしておられました。

     

     

    話を聴いているこちら側が

    心痛で胸が張り裂けそうになるほどでした。

     

     

    その親御さんの痛みは

    どれほどだったことでしょう…。

     

     

    写真の本は「グリーフ」に関するものです。

     

     

    グリーフとは

    大切な人やものを失ったときの心の痛みのこと。

     

     

    本のなかに援助職として肝に銘じるべき

    こんな一節がありましたのでご紹介します。

     

     

    これは子育て中の親御さんにも

    ぜひ知っておいてほしい視点です。

     

    ・・・・・・・・

     

    「共感(compassion)」という意味のことを考えると、

    「com」は、「with(一緒に)」という意味で、

    「passion」は苦しみ、苦悩ということです。

     

    要するに、「苦しみと共にいる」。

     

    言いかえれば、

    「苦しんでいる方と共にいてさしあげる」

    ということなのです。

     

    何とかしてあげたいと思うことは大切ですけれども、

    あまり何とかしなければいけないと思って意気込んでしまうと、

    誤った援助をする場合もあるのです。

     

    たとえば、説得して考えを変えようとしたり、

    「もっと苦しい人やたいへんな人だっているんですよ」

    なんて言ってしまったり。

     

    まるで、苦しみや悲しみを抱えていることが

    誤りであるかのような応対をしてしまうこともあります。

     

    ・・・・・・・・

     

    私もかつてとても大切な人と死別したとき、

    ある人から先のような言葉をかけられました。

     

     

    善意からとは分かっていても、

    その言葉に対して思わず泣き叫びながら

    「やめろ!」と言わずにはいられませんでした。

     

     

    苦しむ人と共にいるために必要なことは

    能力でもスキルでもなく、本人のその

    痛みを「一緒に」抱えられる

    だけの勇気や覚悟。

     

     

    反対に

    「どうにかしてあげたい!」

    なんて思いはただの慢心にすぎません。

     

     

    親であれ援助者であれ、

    私たちにできることは

    相手の痛みを一緒に抱えること。

     

     

    それを共感と呼ぶんだな…

    と改めて痛感した次第。

     

     

    子育ても同じです。

     

     

    子どもの苦痛を

    「取り除く」

    ことに力を注ぐのではなく、

    彼/彼女たちが抱える

    *悲しみ

    *恐れ

    *怒り

    *寂しさ

    を一緒に抱えること。

     

     

    これが子どもの心を育むうえで

    とても大切なかかわりのひとつです。

     

     

    決して子どもの感情表現を

    禁止などなさいませんよう<(_ _)>

     

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

    2018年12月06日(木)

    今週の営業日のお知らせ @11月28日

    いつもありがとうございます。

    トリフォリの高澤です。

     

    今週は11月29日水曜から

    12月1日土曜まで東京出張で

    不在にしております。

     

    お問い合わせ等へのお返事は

    最短で12月3日(月)となります。

     

    ご迷惑をおかけして恐縮ですが、

    以上よろしくお願いいたします。

     

     

    2018年11月28日(水)

    自分の本質的な欠点 @11月18日

     

    おはようございます。

    高澤です。

     

    今日は回復プログラムの

    12ステップに関するお話です。

     

     

    「変えられないもの」

     

    昨日はグループセラピーの日。

     

     

     

    回復の12ステッププログラムの

    第一ステップである

    無力宣言

    を6人でシェアしました。

     

     

     

    無力宣言とは何かというと、

    「自分に変えられないもの」

    はどうあがいても

    「自力では変えることができない」

    と認める(受け容れる)という意味です。

     

     

     

    では何に対して無力かというと、

    プログラムの言葉を借りれば

    アディクション

    に対して無力、ということです。

     

     

     

    ミスターチルドレンのニューアルバムに

    「アディクション」という曲が

    入っています。

     

     

     

    まさにアディクションのありようを

    端的に表している曲です。

    良かったら聴いてみてください。

     

     

     

    ところでグループで

    「私のアディクション」のシェア後に

    「変えられないもの」に話が及んだ時、

    ひとりのある青年がこう言いました。

     

     

     

    「私は過去とか他人とか

    自分には変えられないものを

    ずっと変えようとしてきました」

     

     

     

    平安の祈りという詩の一節に

    「変えられないものを受け容れる落ち着きを」

    という言葉があります。

     

     

     

    彼はいま自分の人生を振り返り、

    この言葉をかみしめているようでした。

     

     

     

    自分の本質的な過ち・欠点

     

    この第一ステップのしばらくあとに、

     

    ①自分の本質的な過ち・欠点の棚卸し

    ②傷つけた人へ埋め合わせ

    ③日々自分の過ち・欠点を振り返り、

    その過ちが自分の責任に基づくなら

    すぐさま正していく

     

    というステップがあります。

     

     

     

    昨今とくに私はこの③のステップに

    取り組んでいるのですが、

    残念にも同じ欠点にまつわるものが

    昨日は2回発露_| ̄|○

     

     

     

    私のその本質的な欠点は

    他者への配慮の欠如

    でした。

     

     

     

    ひとつめはグループの場面で

    あるメンバーの内省や自助努力を

    認証すべき場面があったのに、

    場を和やかにすることを優先したこと。

     

     

     

    もうひとつは帰宅後に

    息子の言い分を聞かずに

    約束違反について叱ったこと。

     

     

     

    いずれも相手のことを思えば

    違う関りが大切だと気づけるはずなのに、

    自分の目的を優先してしまいました。

     

     

     

    埋め合わせること

     

    欠点に気づきましたので、

    ステップに沿って埋め合わせに

    取り組みました。

     

     

     

    メンバーには直接連絡してお詫びをし、

    本来伝えたかったことをお伝えし、

    許しを請いました。

     

     

     

    さほど気にしておられなかったので、

    こちらの対応に逆に驚いておられました。

     

     

     

    お陰さまで許しをいただきました。

    なんともありがたかったです。

     

     

     

    息子にはさきほど

    言い分を聞かなかったことを詫び、

    それはこちらの問題だったことを

    伝えました。

     

     

     

    お陰さまで

    息子も許してくれました。

    これまた感謝です。

     

     

     

    とはいえ

    謝罪=埋め合わせ

    ではありません。

     

     

     

    日々

    自分の本質的な過ち・欠点をみつめつつ、

    それを改善することに努めること。

     

     

     

    これが埋め合わせになるのだと

    私は思っています。

     

     

     

    一見つらい作業に思えますが、

    実際にやってみるとその都度

    心が軽くなっていきます。

     

     

     

    だって正直に生きているわけですから。

     

     

     

    それだけでなく、

    自分を変えていく勇気

    がむしろ強まっていきます。

     

     

     

    生き方を変えていくこと。

     

     

     

    自分の本質的な欠点を見つめ、

    それを埋め合わせていくことを

    実際やっていくと、、、

     

    *自分の人生を自分で生きている感覚

    *自分で自分をよりよくしている感覚

     

    が得られます。

     

     

     

    まさに生きやすい感覚。

     

     

    12ステップおそるべしです^^

     

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

     

     

    2018年11月18日(日)

    叱ってはいけない? @11月15日

     

    こんにちは。

    高澤です。

     

     

    今日は子育て編の記事です。

     

     

    ほめると叱る

    幼稚園や保育園に講話に出向くと

    ほぼ毎回出てくる質問に

    「ほめる」「叱る」

    に関するものがあります。

     

     

    ほめるは理解しやすいようですが、

    叱るに関しては難しいようです。

     

     

    「叱ってはいけないの?」

    「叱らなきゃいけないの?」

    「叱り方がわからない」

     

     

    特に悩みの素になるのが

    「子どもを叱ってはいけない!」

    という禁止。

     

     

    とはいえ子どもは思い通りになりません。

    しちゃいけないことをやったりします。

     

     

    それを目の当たりにしても

    「叱ってはいけない!」

    に従っているとどうなるでしょうか。

     

     

    叱ることを禁止すると

    まず怒りが湧きます。

     

     

    でもそれを禁止するので

    さらに圧力が高まります。

     

     

    そうすると

    「子どもの行動を変えたい!」

    という欲求が強まります。

     

     

    ピークまで達すると

    怒鳴る(時に叩く)

    なんてことになることも…。

     

     

    するとそのあとには

    罪悪感がやってきます。

     

     

    だって

    「叱ってはいけない!」

    というルールを破ってしまったので。

     

     

    こんなんだったら

    かえって禁止しないほうがよかったですね。

     

     

    叱ってもいいという選択

    ということで

    思い切って視点を変えてみましょう。

     

     

    まず

    「必要な場面では叱ってもいい」

    という許可にしてみます。

     

     

    ところで必要な場面とは?

     

     

    下記は私が親として個人的に

    叱る必要あり!と考えている場面です。

     

     

    *その子や周りに危険が及ぶとき

    *周囲が損害を被るとき

    *社会との調和を乱す振る舞いのとき

    (言わば、我欲が顕著なとき( ̄▽ ̄))

    くらいでしょうか。

     

     

    そのほかの大抵のことは

    本人に任せています。

     

     

    叱る目的

    次に押さえておきたいことは

    「そもそも何のために叱るのか?」

    という目的検討。

     

     

    この目的が自分ではなく

    子どもにとって

    有用で助けになることが大前提です。

     

     

    もし目的が、、、

    ・言うこと聞かせたい

    ・ただ黙らせたい

    ・怒りをぶつけたい

     

     

    こういったものならそれは

    「叱る」ではなく

    「支配」かもしれません。

     

     

    後者が強いのなら、

    *自分で自分の気持ちをなだめる

    工夫やワザが必要なサインなのでしょう。

     

     

    大切なのは叱った「後」

    そして最後。

     

     

    人は完ぺきではありません。

     

     

    「叱る」つもりがつい

    「大声で怒鳴る」になってしまうことも。

     

     

    ときには

    「癇癪」「八つ当たり」

    なんてやってしまうこともあるでしょう。

     

     

    非常に残念ですが、

    これ書いている私も時々あります_| ̄|○

     

     

    叱る理由はあったけど、

    やり方がまずかったらどうしましょう?

     

     

    やることはふたつです。

    1)やり方がまずかったことを謝る

    2)叱った目的を伝える(分かるように説明)

     

     

    もし、癇癪や八つ当たりで

    怒りをぶつけてしまったときは

    どうしましょう?

     

     

    それもやることはふたつです。

    1)こちらもさっきと同様、謝る

    2)癇癪や八つ当たりだったと正直に伝える

     

     

    大切なことは

    「叱らないこと」ではなく、

    「叱ったら必ずフォロー」

    です。

     

     

    私たち大人と違って

    子どもってけっこう寛大ですから(^^;

     

     

    あとそれに加えて、

    できることなら癇癪や八つ当たりを

    しなくていい自分にしていけたらいいですね。

     

     

    自分を大切にするということ

    癇癪や八つ当たりは、

    ・余裕のなさ

    ・感情調整の困難さ

    ・偽物の怒り(本物は恐れ)

    などに基づくことが大半です。

     

     

    ここから脱するコツは、

    日々の

    セルフケアやセルフヘルプ

    です。

     

     

    *空を見上げる

    *深呼吸してみる

    *道端の花の匂いをかぐ

    *誰もいない場所で大声を出してみる

    *失敗しても「ま、いっか」と言ってみる

    *自分に「よくやってる」と言ってあげる

    などなど

     

     

    こんなちょっとしたことの積み重ねでも

    たくさん集まると自分を助けてくれるもの。

     

     

    小さくてもいいから、

    日々のセルフケアやセルフヘルプ、

    自分のためにやってあげてほしいです。

     

     

     

     

     

     

     

    *生きとし生けるものが幸せでありますように。

     

     

     

    2018年11月15日(木)
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