アダルトチャイルド(アダルトチルドレン)支援センター 福岡【トリフォリ】

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    トリフォリではアダルトチャイルド(アダルトチルドレンと同義。以下ACと表記します)の回復支援に取り組んでいます。


    ここでは「ACって何?」を理解する上で大切と考えていることをお伝えします。

    1.ACのなりたち 2.ACの課題3.回復に向けて

    1.ACのなりたち

    ACという言葉をシンプルに定義すると、
    「機能していない家庭で育ち、その結果(家族)トラウマを抱えて生きづらくなった人」
    と言えると思います。

    家庭のなかで親(養育者)が本来果たすべき機能(役割)は次のようなものです。

    その機能がうまくはたらかないとき、子どもは心に影響を受けます。

    ① 命を保つための必要最低限のケア
    衣食住、ケガや病気のケア、必要な教育や支援を受けさせること

    ② 愛着を満たす関わり
    情緒的訴えに対する適切な応答、抱っこ、スキンシップ、微笑みかけ

    ③ 無条件の肯定的関心
    子どもの「これが好き(嫌い)」「こうしたい(したくない)」「こう思う(思わない)」「こんな気持ち」「これが大事」を大切に扱うこと

    ④ こころの安全基地

    子どものこころが育まれるうえで大切なことは…

    怖いときに守ってもらえること

    悲しいときに慰めてもらえること

    怒ったときに何が嫌だったか聞いてもらえること

    うれしいときに喜びを共有してもらえること

    すごく寂しいときにはそばにいてくれること

    やっていいことといけないことをきちんと教えて(叱って)くれること

     

    たとえどんな感情を感じても、表現の仕方を諌められることはあっても、
    「感じること」
    「表現すること」
    自体を大切にしてもらえたら、子どもは安心して自由に自分のこころに触れることができます。

    自分のこころに触れることができて初めて子どもは
    自分の「きもち(感情)」に豊かに気づき、
    そしてその「きもち」をまっすぐに表現できるようになります。

    それが「子どもらしさ」「自分らしさ」につながっていくのです。

     

    それなのに家庭の中でこういった
    「子どもが本当にほしいもの」が不十分にしか与えられない
    あるいは逆に
    「子どもがほしくないもの」(例えば虐待、過干渉など)を押し付けられる

    そのような環境では子どもはありのままでは過ごせません。

    すると子どもなりに必要最低限のケア、愛着、関心、安心感、安全性を親から引き出そうと、言い換えれば安心安全な居場所を確保しようと、懸命に親のニーズを満たす生き方を発達させます。

    その努力の甲斐あって、子ども時代に「わが家での最悪」は避けられたかもしれません。

    家庭内においてはこの生き方が功を奏したとも言えます。

    しかしその一方で、他者の中で生きる機会が増えるにつれて、この生き方にはいろんな弊害が伴っていることに気づくようになります。

    2.ACの問題(生きづらさの中核)

    自己喪失:自分の感情や欲求にフォーカスが当たらない

    自分の感情や欲求ではなく、養育者(他者)のそれにフォーカスを当てて生きてきた結果、今、自分は何を感じ、何を求めているのか…。

    そういったことがわからなくなってしまうことを自己喪失と言います。

    感情は私たちがどう進めばいいのかを教えてくれる信号や標識の役目を持っています。

    欲求は私たちが満たされるために何が必要かを教えてくれます。

    そのいずれも見失えば、私たちはどう振る舞えばいいのか、どうすれば幸せを感じられるのかいずれもわからず、人生に空虚が伴ってしまうのです。

    その空虚さを埋め合わせることに最も用いられやすい手段が「他者からの承認」。

    人から褒められたり、認められたり、好かれたりすることにエネルギーを注ぎます。

    目的は空虚な「心の穴」を埋めることです。

    しかしこれは偽物の欲求ですから、求めれば求めるほど渇望が膨らんでいきます。

    それだけでなく、この生き方では「他者」がいないと自分の人生の指針が得られません。

    何をしたらいいの?
    何はしてはいけないの?
    何が適切なの?
    何が不適切なの?

    こういったことが自分で決められない、というよりも、よく分からないのです。

    だからこそ、指針を示してくれる「他者」の必要性はますます高まってきます。

    それがひいては、次のような怖れプログラムを生き方に組み込んでいきます。

    *嫌われる恐怖

    *見捨てられる恐怖

    *拒絶される恐怖

    *怒りを向けられる恐怖

    *孤立する恐怖

    *侮辱される(見下される、嘲笑される)恐怖

    *批判される恐怖など

    共依存という概念もこのあたりと深く関連しています。

    ※共依存:「愛されることを必要とする人」と「必要とされることを必要とする人」の間で起こる依存関係。本やTVなどでもよく取り上げられる「ダメ男」と「尽くす女」の組み合わせが分かりやすい例です。


    ▶ 情動調整の困難さ:自分の感情を自分でうまく調整できない

    私たちはいろんな感情を感じます。

    例えば喜び、悲しみ、怒り、怖れ、嫌悪。

    これらは私たちを助けてくれる感情です。

    それ以外にも罪悪感、恥、不安、抑うつ、傷つき、激怒、嫉妬、恨みなども感じます。

    これらの感情は前者と異なり、苦痛を伴います。

    そのまま抱えておくのは困難ですから、なだめたくなるものです。

    しかし、この感情をなだめる(調整する)ことに困難を伴うのもACの特徴の一つです。

    なだめることができず、どうしようもなくなったとき、人によっては「自分の心以外」のもの(こと)で鎮めようと試みます。それを依存と呼びます。

    アルコール、ギャンブル、子どもへののめり込み、人のお世話、仕事、恋愛、薬物、セックス、SNS、過剰に考えすぎること、過眠、ゲームなど。

    しかし残念なことに、こういったことで感情から目を逸らせば逸らすほど、自分の感情を調整することがより困難になっていく悪循環を招いてしまいます。


    ▶ シェイム:自分の存在を恥じる(過剰に自分を批判する)

    「私はダメ人間」「価値がない」「無能」「誰からも愛されない」「必要とされない」…。

    こういった極端な見方で自分を捉えているため、たとえば何か失敗などしたときに「行為を反省する」というレベルになかなか留まることができません。

    行為ではなく人格まで踏み込んで自分をひどく責めてしまいます。

    その結果、自分の存在自体に恥を感じます。(この恥をコアシェイムといいます)

    このシェイムがあまりに強いと、自分をオープンにすることができません。

    「素の自分を知ったら人はきっと私を嫌いになる(虐げる、見下す、幻滅する…)」

    そう信じ込んで、必死に恥を避けること、つまり自分を隠すことにエネルギーの大半が注がれます。

    でも素の自分をさらすことができなければ、本当の意味での人との親密性は築けません。

    人の中で「生き延びる」ことはできても、「豊かに生きる」ことはたいへん困難です。

    シェイムに繋がる極端な捉え方(例:「価値がない」)は多くの場合
    刷り込み:度々親や大人たちから批判的に為された態度や言葉の鵜呑み
     や
    思い込み:その環境に適応するために子どもの自分が信じ込んだ「考え」
    から来ています。

    刷り込みも思い込みもただの「考え」にもかかわらず、その「考え」を「事実」と誤認したまま生きていくことは、非常に苦痛を伴うものです。


    ▶ バウンダリー:自分と相手の間にある見えない境界線

    感情、価値観、責任、持ち物、体など、自分と他人の間には「私」と「あなた」を線引きするためのいろんな境界があります。

    この中でも感情の境界に課題を抱えている方は少なくないのではないでしょうか。

    感情の境界に課題がある状態とはたとえば…
    ・夫が不機嫌そうな顔をして帰宅
    ・妻が「私のせい?私の何が怒らせたんだろう?」などと思いを巡らす
    ・思い浮かんだものを事実とみなして機嫌を取ったり謝ったり…

    この例のように「夫の感情の原因」=「自分のせい」となっているときは、感情の境界線を越えているとき。

    この例でいうと、相手は何かしらの理由があってすでに不機嫌なのですから、その原因を「私」と見なすにはあまりに根拠がありません。

    それに感情はそもそも相手のものですから、感情についての責任者もその人自身であって、自分にあるわけではありません。

    これが「私」と「あなた」を分けている境界線(バウンダリー)です。

    これは例えれば、マンションの自室と隣室を隔てている壁のようなものです。

    部屋を隔てる壁がなければ、いろんな弊害が生まれることが容易に想像できると思います。


    ▶ (家族)トラウマの影響:トラウマによって現れる諸症状

    子ども時代に家庭で受けたトラウマも家族トラウマの一つです。

    トラウマ(心的外傷)には次の三つ子の症状があるといわれています。

    ①再体験(フラッシュバック)
    過去の嫌な記憶がふいに、勝手に、今起こっているかのように侵入してくることです。

    中には記憶ではなく、感情のフラッシュバック、感覚のフラッシュバックなどもあります。

    辛い体験を再体験することは、それ自体がトラウマティックな体験となってしまいます。

    この再体験は自分ではコントロールできないため、ひどく苦痛を伴います。

    ②過覚醒(神経の過剰な覚醒)
    トラウマを受けると人やこの世界への安全感が損なわれるため、人への警戒心(恐怖心)をなかなか解くことができず、神経が必要以上に昂る状態が続きます。それが過覚醒です。

    神経の過剰な昂りはいろんな症状を招きます。

    人の中にいると不安・緊張・過度の疲労感、ビクビク、イライラ、音に対する過敏さ、においや光などの刺激に敏感、呼吸器系・循環器系などの症状、不眠など

    本来ならリラックスしていい時、場所、相手であってもこういった状態が続くのですから、そのしんどさは計り知れません。

    ③回避・麻痺
    当時の傷つき体験の記憶が何度も甦ってくるのはとても辛いにもかかわらず、いつどこでスイッチが入るか分かりません。

    そこで人や外出を避けることによってつらい感情、記憶、感覚を避けようと試みます。それが回避です。

    しかしこの対処法では自分の行動がひどく制限されてしまいます。

    危険は避けられるかもしれませんが、同時に助けになるものまで避けてしまうデメリットも併せ持ちます。

    回避は一時しのぎになることもありますが、人をいくら避けても記憶や感情をすべて抑え込むことは不可能です。

    そのままではあまりに苦しいため、自分で自分の感情のスイッチを切って苦痛を抑え込もうと試みます。その方法が麻痺です。

    麻痺によって当時の記憶が甦っても辛い感情をあまり感じませんから、この方法はある種うまくいったように思えます。

    しかし感情のスイッチを切ってしまうと、反対側にあるポジティブな感情や感覚まで麻痺してしまいます。

    その結果
    ・うれしい、楽しいという気持ちを感じられない
    ・何かをしたいという気持ちが湧かない
    というデメリットが併発してしまいます。

     


    このように多種多様な問題(課題)が複雑に絡み合い、生きることに苦痛を伴っている人たちがACです。

    もちろんAC当事者みんながこれらの課題をすべて抱えているわけではありません。

    そうではないのですが、しかしそれでもこういった周りからは見えにくい「苦しい!」を心の内側にたくさん抱えているのです。

    3.回復に向けて

    生きづらいという感覚はあっても、その理由が分からなくて苦悩してきた人たちにとって、ACという言葉は救いの光明となります。

    自分が苦悩してきた理由が分かるからです。

    しかし残念ながらACという概念は病気や症状ではなく、状態を示す言葉ですので、具体的に何をやっていけば生きやすくなるのかが分かりにくいという難点を抱えています。

    問題を知る

    そのため、まずは解決すべき問題(課題)が何なのかをはっきりさせる必要があります。

    問題とは、今の自分の生きづらさを維持している要因のことです。

    上で述べたものはその一例です。

    トリフォリの支援

    その解決を目指してトリフォリが提供している支援の中身を次のページでご紹介します。

    詳細は『アダルトチャイルドが回復していく3つのステップ』をご覧ください。

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